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【115-2】贖罪2

サイト開設9年が経ちました。
10年目もぼちぼちよろしくお願いいたします。

記念の日、いい夫婦の日にはそぐわないお話ですが。

前の話はこちら
征士さん視点の、続き。






**********




妻が逝った。

結婚式の夜に倒れてから三年間、厄介な病で入退院を繰り返した。

親の決めた縁談で、初めて意識して顔を合わせたのは、結婚の三ヶ月前。
妻は私のことを、子どもの頃から見知っていたということだったが、私は彼女の人となりもよく知らないままに結婚したのだった。

セックスは幾度か試みたが、心拍数が上がると途端に激しい発作が起きる妻の身体を慮ると、断念せざるを得なかった。
妻はそのことを私に詫びたが、正直なところ、私にとってはありがたいことだった。
こんな私を夫として愛そうとしてくれている妻に対して、私は同じような気持ちをまったく持てずにいたからだ。

それが当麻でないならば、他の誰があてがわれようとも、私の魂が揺さぶられることはない。

羽柴当麻という人間は、私にとって、空気であり水であり、光である。
私は当麻なくしては生きられず、この世でただ一人、当麻だけに魅せられる。
これは私という人間の、重大な欠陥なのであろう。

妻と結婚したのは、この縁談が、妻を含めた両家の総意であること。
そして、私が結婚することで、当麻が私から解放され、堂々と幸福な人生を歩んでほしいと考えたからであった。
あわよくば私も、妻を愛し家庭を守る、それなりに当たり前の人生を生きられるのかもしれないなどということまで、図々しく思い描いていたかもしれない。

すべてがとんだ誤算だった。
結局のところ、私は当麻しか愛することができず、妻を持つ身でありながら、彼を手放すことすらできなかったのだ。

私は月に一度、仕事で東京に出張があるのをいいことに、当麻のもとへ通い続けている。

妻亡き後も。

ひと月分の思いの丈を互いの身体にぶつけ、貪りあった後、仰向けになり目を閉じた私の髪を指で梳きながら、当麻は言う。

「……もう、やめないか」

「何をだ」

目を閉じたまま、私は問う。
わかっているくせに、白々しい。
自分でも、そう思う。

「こんなこと、よくないだろう」

当麻はその問いを無視して、言葉を続けた。
深くため息をつき、ゆっくりと瞼を開くと、薄暗い部屋で私を覗き込むようにしている当麻が見える。

「よくないとは、何に対して?」

目が合うと当麻は、私たちが今の今までしていた行為に確認の印を捺すかのように、私に口付けて、それからベッドを下りた。

流しで水を汲んでいる音が聞こえる。
当麻はグラスを持って戻ると、私が横たわるベッドの縁に腰掛け、冷たいグラスの底を、私の額に当てた。

「悪いよ。奥さんに」

私にとって妻は、「結婚」という制度で我が家に来た家族の一員であり、それ以上ではなかった。
ただ家族として、精一杯守ってやろう。
そういう意味では、彼女は私にとって、妹と変わらないものだったかもしれない。

しかし、彼女がこの世からいなくなってしまった今、僅かばかりの感傷も感じない自分は、どこかが壊れてしまっているようにも思う。

「死んだのにか」

口から出た台詞に、人でなしの自覚はあった。
当麻と二人であるとき、我々にとって礼やら智やらは、まったく意味をなさない。
私はむしろ故意に礼の対局へと動き、当麻はあらゆる智をわざと手放す。

「死んだから、だ」

当麻は透明なグラスに入った水を、喉に流し込む。

「ずっと、見てる」

そう言って当麻は、ベッドサイドの小さな台に、グラスを置いた。

「妻が、か」

「そ」

当麻は私に覆い被さると、また口付ける。
冷やした唇で、私の酔いを冷まそうとするかのように。

しかしそれは、私の欲情に再び火をつけることにしかならない。

「どこでだ?」

私は当麻の頭をかき抱くと、ごくごく軽い力でその身体を転がして、当麻をベッドへと縫い付ける。

「ここ」

当麻は親指で、自分の胸の真ん中を指した。
私は手首を掴んで当麻のその手を退かし、今、指した、当麻の平らかな胸の真ん中を、べろりと舐め上げる。

「そうかもしれんな」

そう呟いて、私はその「妻の在所」の隣にある、小さな突起を舌でくすぐる。
当麻の身体が、ビクビクと跳ねる。

『キス、してくださらない?』

生前。
東京から帰った夜、妻は私に必ずそう強請った。
息が上がれば、命にかかわるというのに。
もしかすると。
あれは、殺してくれ、と言っていたのだろうか。

「一体どこに、そこまでする価値があると言うんだ」

当麻の声は、泣きだしそうにも聞こえる。

「ここにある」

私は両の掌で当麻の顔を包み、しっかりと私に顔を向かせると、深く、深く、当麻に口付けた。






おわり

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