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【131】プレゼント

少し遅くなりましたが、征士さんお誕生日おめでとうございます!





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(征士だって、勇気を出したんだろうに)

申し訳ないことをしてしまったと、羽柴当麻は目下反省中だ。
同じ断るにしたって、もっと思いやりのある断り方があったはずだと項垂れる。

伊達征士と羽柴当麻は中学二年の春に、数名の当事者以外の誰に話しても信じてはもらえない、奇妙なできごとがきっかけで巡り会い、束の間の合宿生活を送った。
東京で始まったその一件が一応の終息を迎え、二人はそれぞれ東北と関西の故郷へと戻った。
ずっと同じ部屋で寝起きをし、あまり自分のことを話さない変わり者同士がぽつりぽつりと己を語る中で、次第に互いが一番の気の置けない友人となっており、その後も何くれとなく連絡を取り合った。

征士が三年間の高校生活を送る間に、当麻は渡米して一足飛びに大学を卒業した。
遠く離れていた時間は、お互いへの思いを自覚させ、更に強くした。
二人は示し合わせ、この春、東京の大学と大学院に進学した。

それなりに忙しい学生生活を送りながらも、二人は週に一度くらいは外で会ったり、どちらかのアパートで食事をしたりしていた。

男同士ではありながら、実は二人とも互いに友人とは違う気持ちで惹かれあっているのだと知ったときは、驚きと同時に天にも上る幸せを味わった。

ゴールデンウィークには、中学時代に同じ経験をし、合宿生活を送った他の三人と一緒に、五人で集まる約束をしていた。
あの三人には、二人の関係をわかっていてもらいたい。
それは征士と当麻、二人の一致した希望だった。

それでは、征士と当麻のこの関係は、仲間に一体何と伝えればいいのだろう。
当麻は考えていた。

その日は学校のあとで落ち合って、当麻の家で二人でカレーを作って食べていた。

「あいつらにさ」

胃袋も満ち、何とはなく並んでテレビを眺めていたとき、当麻が尋ねた。

「どう言ったらいいんだろうな。俺たちのこと」

「恋人、だろうな」

間を置かず、それが征士の答えだった。

「恋人か……。恋人ねぇ……」

当麻は今ひとつ、しっくりいかないといった様子で呟く。

「なぁ、征士。俺たちは春まで友達だったよな。まぁ、親友と言っていい類の」

それから隣にくっついて座っている征士の顔を見上げ、また尋ねた。

「親友と恋人は、何が違う?」

真面目にそんなことを訊く当麻の顔は、征士の嘘のように整った顔のすぐ間近だ。

「それは……」

思いついた答えを、征士は口には出さずに実行に移した。

当麻も、それを拒まなかった。

二人の唇はそっと重なり、初めてにしては少し長めに、そこから互いの体温を感じあった。

それからは逢瀬の度に、どちらからともなく口づけを交わすようになった。
なるほど、この国でキスをするのは親友ではなく恋人であろうと当麻も納得し、五月の連休に顔を合わせた親友三人に、自分達は恋人になったのだと報告した。
親友たちは驚きつつも、それぞれに彼らなりの理解を示してくれたのだった。

さて。
健全な青年である二人。
キスをすれば当然その先が、大いに気になってくる。

その日は金曜日で、偶然暇になったた二人は、征士の学校のフランス語の講師が観るように勧めたという映画を観に行った。
中国人の青年とフランスの少女のベッドシーンが幾度となく繰り返される話題の映画だった。

映画の後は近くのバーガーショップで食事をし、何となくいつもより別れ難い気がして、征士の部屋へと場所を移した。

征士の住むアパートは、1DKの一部屋が寝室兼勉強部屋の六畳の和室となっている、都内の学生用にしてはゆったりとした作りだ。
当麻は玄関ドアを開けると広がるダイニングで、自分の家のような顔で、買ってきたビールとチューハイを小さなテーブルに並べた。

「あそこに母が送ってきた食べ物が入っている。つまみになりそうなものもあったはずだ」

窓の外に干した洗濯物を取り込んできた征士が、視線で部屋の隅の段ボール箱を示した。

「はいよ」

当麻はその中からゴゾゴソと、スルメやらミックスナッツの入った袋を取り出す。

「つまみになりそうも何も、つまみ以外の何ものでもないぞ。お前の家は飲酒公認か」

意外だと言わんばかりの当麻からスルメのパッケージを受け取ると、征士はバリッと大きな音を立てて封を開けた。

「いや、そうではない。私が子供の頃から、甘い菓子やスナックより、こういったものを好んだのだ」

「へえ。知らなかった。みんなで暮らしてた時も、そうだったか?」

征士が寄越したその袋から、当麻はスルメの足を一本取り出して口に咥える。

「あれば食べるが、わざわざ頼んで買ってもらってまで食べたいわけではなかったからな」

征士はテーブルの上で自分一人分のシャツやズボン、トランクスを几帳面に畳むと、隣の和室の押し入れの中にしまった。

向かい合う椅子に腰掛けて、征士はビールの、当麻はレモンのチューハイの缶を開ける。
窓からは五月の乾いた涼しい風が入り、昼間の夏を思わせた僅かに湿り気を帯びた空気と置き変わっていく。

二人は飲みながら、また昼間の映画の話の続きをした。
それから、当麻のしている研究の話。
征士の実家の話。

征士の二本目のビールが空になった。
二人は空になった缶を見つめ、しばし無言になった。

「当麻」

あまりアルコールが効いたようには見えない征士が口を開いた。

「んー?」

当麻の返事は、いささか酔っている。

「今晩は、泊まって行ったらどうだ」

「へ!?」

当麻は目を丸くした。

以前は同じ部屋で平気で寝起きしていたのだが、こういう関係になってからは逆に、お互いの家に泊まったことはなかった。
何となく、キスの先のことが意識されて。
征士も当麻も、今ひとつ覚悟をしかねて避けていたのだ。

「泊まって行ったらどうだ」

今度は当麻の目を見てもう一度、征士は言った。

「む、む、無理かな?」

当麻は曖昧な表情でそう一言発すると、ろくに征士の顔を見ることもせず。

「帰るわ」

鞄を掴んでそそくさと玄関を出て行った。


***


「はぁ…………」

羽柴当麻は、本日百三回目の深いため息をついた。

(征士だって、勇気を出したんだろうに)

一週間前のできごとを、未だに引きずっていた。

あれから一度、征士には会っている。
当麻はあの時のことを謝ろうとしたが、征士に先んじられてしまったのだ。

「すまなかった」

と、征士は当麻に頭を下げた。

「やめろよ。悪いのは……」

自分だと言おうとした当麻に、征士は言葉を続けさせなかった。

「悪いのは私だ。性急であった」

そこで間が悪く、当麻のポケベルに研究室からの呼び出しが入ったりして、その話はそれきりになってしまった。

「はぁぁ…………」

机に伏せた当麻の百五回目のため息は、一人の部屋にいつまでも澱んでいる。

「俺だって、やりたくないわけじゃないんだ」

むしろ何度も考えたことだ。
恋人として、抱き合いたい。
もしも征士と男同士のセックスをするだとしたら、自分が抱かれる形だって構わないとまで当麻は考えていた。

あの日は映画の内容も相まって、征士の部屋へ向かう時は、当麻も半ばその気だった。
しかし普段あまり嗜まない酒が入って、途中からすっかりそのことを忘れてしまっていた。

油断したのだ。

征士だって酒は入っていたが、それなりの勇気を出したはずだ。
だのに、あんな間の抜けた返事で、それを反故にしてしまった。
同じ断るにしたってもっと、思いやりのある断り方があったはずだと、当麻は項垂れる。

「はぁ…………」

百八回目の溜息とともに、当麻は風呂にでも入ろうかと顔を上げた。

ふと、カレンダーが目に入った。
五月はもう数日で終わる。
当麻は立ち上がると、カレンダーを一枚めくり上げ、次の月を眺めた。

目に入ったのは「9」の数字。

「ふぅ…………」

最後の溜息は今までとは、少し違う音色で響いた。


***


緊張するなんてことは、自分の作戦次第で大切な仲間が生命を落としかねなかった、あの戦い以来ではないだろうか。
飛び級でアメリカの大学の入試面接を受けたときだって、露ほども緊張しなかった羽柴当麻の心臓の鼓動は今、明らかに普段とは違う。

食べない方がいいのかもしれないと考えてもいたが、そうでなくても昨日の晩から、僅かばかりも腹が空かなかった。
こんなことは、あの戦いの間ですらなかったことだ。

不安を洗い流すように、熱いシャワーで茹だるほど、隅々まで念入りに当麻は自分の身体を洗った。

濡れた頭で白いTシャツをかぶり、ピッタリとした細身のジーンズを無理やり履く。
ベルトのバックルを留める指先が、震えているような心持ちになる。

六月九日。

午後の講義が終わってすぐ、当麻はそそくさとアパートへ戻り、そして今また洗い髪のまま外へ出た。

風を切りながら自転車で向かうは、近所のドラッグストア。
町に二件あるうちの、いつもは行かない方。
必要な物品は、もう頭に入っている。

それだけを買うのは恥ずかしくて、当麻はカゴの中にジュースやスナック菓子をやたらに放り込んだ。
しかしレジで思いもよらず、秘密のアイテムをわざわざ紙の袋に入れられたときには、顔の火照りをどうすることもできなかった。

また自転車を漕いで、最寄り駅。
私鉄に乗って二駅。
紙袋がカサリと音を立てるたびに、疎らにいる他の乗客の視線を集めているようで、当麻は気が気ではなかった。

駅の階段を降り、征士のアパートまでは、歩いて五分もかからない。
目の前を横切っていく猫と目が合う。

ここまで来て初めて、半袖一枚では少し寒かっただろうかと当麻は考えた。
一年で一番日の長い月の夕暮れ。
夜の青とオレンジの合間には、金星が輝き始めた。
征士は家で待っている約束だ。

石畳の歩道を歩く。
あと一つ角を曲がったら、征士のアパート。

いつも調子の狂う、妙に奥行の狭い二階へ上がる階段を一段、一段、当麻は上がる。

そして、征士の部屋の前。

一度目をつぶり、また目を開いて、当麻は玄関チャイムを押す。
すぐにガチャリとドアノブが回り、ドアの隙間から征士が顔を出した。

「来たな」

征士はそう言ってから、玄関前に立つ見たことのない当麻の様子に、綺麗な切れ長の目を少し大きくした。

「お誕生日おめでとう、征士。要りそうなモンは買ってきたから。よろしく頼む」

持ってきたレジ袋を突き出した当麻がどんな顔をしていたのかは、征士だけにしか見えなかった。




おわり

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