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いっしょにたべよう

伸当です。







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昼飯を食べる前に当麻がケータイをチェックしたら、伸からのメールが入っていた。

『手が空いたら電話をください』

もう十年以上の付き合い。
男同士で恋人のような関係になってからは、都内で二人で暮らしている。
にもかかわらず伸が当麻に送るメールも、テーブルに残す伝言メモも、内容が何であっても丁寧語が崩れない。

「一件、電話してくる。先に食っててくれ」

社員食堂の同じテーブルに着いた仕事仲間に一言断って、当麻は席を立つ。

「もしもし?」

電話はすぐに繋がった。

「ああ、当麻? 悪いね。今夜、僕、どうしても遅くなりそうで」

「なんだ、そんなことか。OK。先に食って寝てる」

申し訳なさそうな伸の声に、当麻は何でもないさと答える。
でも返ってきた伸の声は、まだ心配そうだ。

「それがさ。昨日からバタバタしてただろ?夜のご飯、何も用意できなくて。それどころか冷蔵庫の中にも、ろくなものが入ってないと思うんだ」

「大丈夫。食って帰るよ」

どこで何を食べようか。
昼飯前で空腹の当麻は、頭にいくつかの候補をすぐに思い浮かべたが、それは恋人の次の一言によって、あっという間に反故となった。

「六時に、ソファが来るんだよ」

「あ」

当麻も思い出した。
ひと月前、雑誌で見つけて気になって、わざわざ大きな家具屋まで二人で見に行った、革張りのアンティーク風なソファ。
かなり値の張るものだったが、何かにつけて身の回りのものにはこだわりのある二人ともが手放しで気に入るものは珍しく、思い切って購入を決めた。
海外に発注するとかで時間がかかり、今日配送されることになっていたのだ。

普段は二人とも、それぞれ残業をしたりジムや書店を廻ったりして、夜八時頃に帰宅する。
でも今日はソファの件で、伸が定時で帰ることになっていた。
朝、出勤前の伸に職場から電話があって忙しそうにしていたから、自分も今日は定時で上がれそうならば、配送待ちを代わってやろうと思っていたのだ。
それなのに出勤後、当麻の方にも予想外のバタバタがあり、すっかり失念してしまっていたのだった。

六時までにマンションに帰ろうと思うと、どこかに寄って食事をしている時間はなさそうだ。

「わかった。六時までに帰るから。伸、お前、飯は?」

「大丈夫。僕は取引先と食事。帰りに明日の買い物はするよ。当麻、なにも家で一人で食べなくても、家具屋さんが帰ったら食べに出ればいいんじゃないか?」

「それも寒くて億劫だな。コンビニで何か買って帰るよ」

「そうか。……仕方がないね」

やけに気にするんだな。
子どもでもあるまいし。

そんなことを考えながら、当麻は駅からマンションまでの道すがらにあるコンビニで、弁当、目に入った杏仁豆腐に、肉まんなんてものを買い込んだ。
家具の配送は予定通り、当麻が帰宅してすぐに到着し、荷解きもスムーズに終わった。
新しい革の匂いのする二人がけのソファを眺めながら、当麻はさっき買ってきたものをダイニングテーブルに広げる。

伸と当麻の二人暮らし。
当麻だって掃除や洗濯はするが、食事の支度は好きだからと言って、ほぼ伸が仕切っている。
小田原の柳生の家を出てから七年。
当麻は、ふと手を止めて考えた。
思い起こしてみれば、当麻は一人で外食をすることはあっても、二人の家で、一人でちゃんと食事をしたことがないのだ。

二人のマンションは都心の、わりあい便利な立地にあり、お互いの友達や共通の仲間達がしょっちゅう出入りする。
そもそも、家に当麻がいるのに伸がいないということは少ないのだが、そんなときには、誰かが必ず遊びに来ていて一緒に食べたり、当麻が一人で外に食べに行ったりしていた。

「そうか……。仕方がないね」

昼間、当麻が家で一人で食事をすると決まったときの伸の残念そうな声が脳裏に蘇る。
当麻は、十年も前の、あるできごとを思い出した。





「俺、今夜から、自分の食いものは自分で用意するから」

鎧の縁で集った仲間五人が、柳生家の屋敷で合宿のような生活をしていた頃。
あれは日曜日だっただろうか。
昼食のテーブルで、いつも通りに朝寝をしたために一人だけ朝昼兼用の大飯を喰らいながら、当麻はそう言った。

「自分で??」

当麻の台詞に、そこにいた全員が目を丸くした。

「ああ。どうもやっぱり皆の食事時間とは合わないし、食べたいときに食べたいものを、食べたいだけ食べたいからさ」

その日も、当麻は同室の征士のみならず、男ども全員にそれぞれ散々声をかけられ、昼になってやっとのことで起きた。

「食事の支度だって、俺一人分減ればそれだけ楽になるし、食べたくない時間にわざわざ何度も呼びに来てもらう手間も省ける」

柳生邸の住人は六人。
うち五人は育ち盛りの食べ盛りな上、大食漢の秀と当麻が人の三倍は食べるので、当番はたいてい四人前のレシピの三~四倍を作ることになっている。
当麻の食べるものを作らなくて済むのなら、たしかにそれなりに手間は少なくなる。

「食い物は自分で買ってくるし、一人で部屋で……」

当麻がちらりと送った視線に、征士が凄い形相で睨み返す。

「食べるワケにはいかないか。うん、みんなの時間は外してここで食べるから。それなら迷惑はかけない」

「当麻!」

呼びかけた遼には答えずに席を立つと、当麻は階段を上って行ってしまった。

それからというもの、当麻は学校帰りに何やら買い物をしてきては、夜中に好きなだけ食べる生活をはじめたのだ。

遼に秀、それに征士は、勝手な生活をしている当麻が気になって仕方がなかった。
でも伸は、いつもの穏やかな顔で、

「当麻の好きにさせてやろうよ」

と言うばかり。

「伸がそう言うなら……」

遼が渋々承知すると、秀と征士も自分だけが文句を言うのもはばかられて、全員が静観の構えになった。

一週間。

二週間。

そして、三週間。

「栄養は、偏らないかしらねぇ」

と、ナスティが心配し始めた頃。

その日の夕食は、伸がクリームシチューを作った。
鶏と帆立の入った、当麻の大好物だ。
温かなミルクと、月桂樹の葉の爽やかな香りが屋敷中に漂う。

当麻以外の全員が晩御飯の食卓を囲む中、マクドナルドの紙袋を抱えた当麻が帰ってきた。

「帰ったぞ」

これだけは欠かさなくなった、帰宅の報告をしにリビングを覗いた当麻が、思わず足を止めた。

「おかえり」

皆は口々に、当麻に当たり前の挨拶を返しただけで、中断した会話をまた繋ぎ直し、食事は続いた。

「シチューかぁ」

当麻がそう呟いて、くんくんと鼻を動かした。

全員が、当麻のその呟きを聞いた。

「キミの分もあるよ」

さりげなく。
本当に、さりげなく。
さも、それが当然だというように。
伸が、そう言った。

遼は征士と、秀はナスティと、湯気のたつシチューを口に運びながら、それぞれのおしゃべりを続けている。
全神経を、密かに当麻に向けて。

当麻は。



「じゃ。もらおうかな」



その時に当麻以外の全員が、心の中でガッツポーズをしたのを、当麻は感じたのだろうか。

とにかく、それ以来また、当麻は特に何も言わずに皆と食事を摂るようになったのだ。

もしかすると。
あれから伸は、当麻に一度も、家で一人で食事をさせていないかもしれない。

(そうだとしたら…………)

当麻はテーブルの上のコンビニ弁当を見た。
買った時にホカホカだった肉まんは、すっかり冷たくなっている。

(俺って、ものすごーく、愛されてるんじゃないか?)





十時。
玄関を開ける音を聞いて当麻が出迎えると、買い物袋をぶら下げた伸が、疲れた足取りで入ってきた。

「おかえり、伸」

「ただいま。……どうしたんだい? 当麻。やけに嬉しそうじゃないか。ソファ、どうだった?」

「無事到着。それより早く入れよ。俺、腹減っちゃって」

「腹って、当麻……?」

首をひねりながらダイニングにたどり着けば、食卓テーブルの上には、当麻のものらしき弁当と肉まん。

「あれ? なんで? 食べなかったのか?」

自分の買い物を冷蔵庫にしまいながら、不思議がる伸に、当麻は答えた。

「一人じゃ味気なくってさ。その杏仁豆腐やるから、ちょっと付き合えよ」

「あ。杏仁豆腐、CMで見たやつ。僕これ、食べてみたかったんだよね」

伸が嬉しそうに、冷蔵庫から杏仁豆腐を取り出す。

「だと思ってさ」

当麻は電子レンジに、弁当と肉まんを一度に突っ込んだ。

二人の家での、当麻の初「一人ご飯」は、めでたく延期となりましたとさ。




おわり

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