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【001】口笛

10月も、もうすぐ終わりですね。
秋の夕暮れに、緑青がただ単に仲良しねっていうお話。
*****




当麻は歌う。

音痴を自認しているからか、一度だけ歌ったのを秀に指を指されて笑われたショックからか、柳生邸での共同生活では当麻が歌っているところには、ほとんどお目にかかったことがなかった。
鼻歌一つ歌わない男だったのだ。
仲間の誕生日祝いの席で、皆で歌うハッピーバースデーの歌さえも、素知らぬ顔で「口パク」をしていたのを征士は知っている。

社会人になって、征士と二人の生活をはじめてから、当麻はよく歌う。

テレビの歌番組と一緒に。
キッチンに立って料理しながら。
一人でバスタブに浸かっているときに。

それは歌詞があったりハミングだったり、流行りのポップスだったり童謡だったりする。
相変わらずの、お見事と言いたくなるほどの並み外れた調子っ外れで、他人がもし聞いていたとしたら、ほとんど何の歌を歌っているのかわからないだろう。

柳生邸時代も含めれば、もう七年当麻と一緒に暮らしている征士には、ハミングでも当麻が何を歌っているのか、三曲に一曲くらいはわかるようになってきた。
何よりも自分の前では、何も気にすることなく気分良く歌ってくれるのが嬉しい。




当麻は口笛を吹く。

これが不思議と歌ほどは音程が外れない。
でもそれは「歌ほどは」という、比較の問題。

二人の影が、夕暮れの土手に伸びている。
少し先を歩く当麻は口笛を吹いている。
11月のひんやりとした空気に、のびやかに不思議なメロディが澄み渡っていく。

「それはなんという曲だ?」

征士の問いに、当麻が振り返る。

「え? わからないか?」

「ああ」

「ちぇ、俺、下手だからなぁ」

誰にでもわかるはずのフレーズだったらしい。
当麻はまたくるりと前を向くと、続きを吹きはじめる。
下手だとわかっているのに、また吹いてくれるということが、征士の胸を幸福で満たす。

何のメロディなのか、もう一度耳をすませてみるが、やはりわからない。
征士は諦めて、その不思議なメロディに心をゆだねる。

その口笛が、暮れていく広い空と一緒に優しく心にしみていくのは、彼の持つ天空の力のせいなのか。
それともただ、自分にとって大切な人が奏でる調べだからなのか。



征士は少しだけ歩みを早めて当麻に追いつくと、隣に並んだ当麻の左手にそっと右手を差し出した。
当麻は口笛を止めず、前を向いたまま、自然にその手を絡めてつなぐ。

「やはり、わからんな」

「いいよ。わからなくて」

手をつないだ二つの影がさらに伸びていく。
口笛はひとつ、密やかに瞬きだした星に向かって、優しく響いていった。



おわり

*****

【あとがき】

ミスチルの「口笛」をBGMに。

当麻が吹いているのは、おそらく誰でも知っている童謡なんだと思います。

2015/03/02 細部修正

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