たいいくのひ
since November 22th 2012
【002-01】しるし (1)
なんだかモヤっと暗めですが
ハッピーエンドになる! きっと!
彼らが20代中頃の設定です。
全4話。起承転結です。
ハッピーエンドになる! きっと!
彼らが20代中頃の設定です。
全4話。起承転結です。
**********
「…よぉ、久しぶり」
都心の駅からさほど遠くない居酒屋に来るのに、場違いなほどに完璧な防寒対策の当麻は、ぐるぐるにまいたマフラーをとり、重たそうなダッフルコートを脱ぎ、手袋をはずした。
防寒の武装を解いてしまえば、その身体は長身なのに相変わらず華奢で、深みのある碧いセーターがよく似合っている。
「意外と早かったね」
職場を出る少し前に当麻から、待ち合わせの時間に遅れそうだとのメールをもらっていた。
だから僕は、彼女と過ごす三回目のクリスマスに贈るプレゼントを百貨店で物色しながら時間を過ごして、十五分ほど前にこの店に着いたところだ。
窓に向かったカウンター席に落ち着くと、素面で話をするつもりもなかったので、お通しと生ビールで先に始めていた。
当麻は僕の隣りに座ると、店員から湯気の立ったおしぼりを受け取り、おそらく冷え切っているのだろう顔にあてながら自分の生ビールを注文した。
「おしぼりあったけー!… あ、悪かったな。だいぶ待たせた? 仕事、ちょっと手間取っちゃって。」
「いや、連絡もらってたから大丈夫。僕も用を済ませてから来たんだよ。当麻こそ、この店すぐにわかった?」
僕が選んだこの店は、今どきの小洒落た隠れ家風の居酒屋で、忘年会シーズンであることもあり、かなり込み合っている。
大きな通り沿いではあるが、雑居ビルの五階にあり、初めて来るには少しわかりづらい。
「ああ、伸の書いてくれた地図が親切だったから、すぐわかった」
当麻は意外と方向音痴なところがあるので、かなり詳細な情報を送っておいたのだ。
とりあえずほっとする。
「雨が降るってわかってたら、駅の中の方が良かったね」
コートを預かります、と店員が当麻のコートを持って行った。
コートには、細かな水滴がついている。
「いや、金曜のこの時間じゃ混んでるだろう。たまには雨の中を歩くのもいいさ。寒いけどな」
「当麻、寒いの苦手だもんねー」
柳生邸で五人が一緒に暮らしていた頃から、雪が積もるとはしゃいで外へと飛び出して行く仲間たちには付き合わず、当麻は一人でリビングの掘りごたつにはまり込んでいた。
「最近、本当に寒いよなぁ。いくら十二月だからって、寒すぎるよな」
当麻は口をとがらせて寒さに不満を漏らす。
窓から外を見るとネオンサインに霧雨が煙っている。
凍りつくような、冷たい雨。
店員が当麻の生ビールを運んできた。
「乾杯するか」
当麻はジョッキを持ち上げる。
僕のビールはもう半分になってしまったけど。
「じゃあ、何に乾杯する?」
「うーん、このあったかい店の中で冷たいビールが楽しめることに…かな」
当麻が、そう言った。
確かに、この冷たい雨の夜にキンキンに冷えた生ビールが飲みたくなるのだから、店内はよほど暖房が効いている。
この上ない贅沢だ。
「じゃあ、この贅沢に、乾杯!」
「乾杯!」
僕がジョッキを持ち上げると、当麻がそこに軽く当て、カツン、と無機質な音を立てた。
* ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ *
「珍しいよな、伸が飲みに誘ってくれるなんて」
「そう?」
当麻と僕は最寄駅が同じ職場に勤めている。
だから気軽に年に何度かは顔を合わせているけれど、いつもだいたい遼か秀のどちらかが一緒で、二人きりということはなかったかもしれない。
でも今日は僕が二人だけで話がしたくて、当麻を呼び出した。
二人きりで会いたい、などとは伝えていないけど。
「二人だけで飲むなんて、今まであったかぁ?…あ、何かつまみ注文しようぜ?」
当麻はメニューを一頁ずつめくりながら、真面目な顔で熱心に隅々まで見ている。
昔から食べることに関しては手を抜かないヤツだ。
「デザートが充実してるんだよ、ここ。この前、会社の仲間と来たんだけど、当麻と飲むならここだなぁって思って」
「よくわかってるねぇ、さすが伸。…わ、ほんとだ。スイーツがこんなにあるとこ、あんまりないよなー」
「でしょう。あ、でもはじめっからから甘いもん頼まないでよ。ビールが不味くなるから」
素直に喜ぶ当麻に、ついつい一言余計な釘を刺したくなってしまう。
僕たちは店員に生ビールの追加と、つまみを何品か注文した。
「ふーん…だから女性客が多いのか…。ていうか、カップル多いな…」
周りを見回しながら当麻がつぶやくので、僕もつられて店内を見渡す。
男性グループや、いかにも合コンというグループはなく、二人以外はほとんどが女性のグループか男女二人で来ている客のようだった。
「もうすぐクリスマスだしね」
僕がさっき見てきた彼女へのプレゼント候補を思い出しながら言うと、
「クリスマスか……」
ほんの一瞬、ふと当麻の表情が曇り、小さなため息をひとつついた。
* ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ *
「…どう? 当麻、最近」
とりあえず、雑駁に会話の口火を切ってみる。
「仕事?」
「うん、とか、色々」
色々。
聞きたいのは、本当は仕事のことじゃないけど。
でもまぁ、まずは仕事のことでもいい。
「仕事は順調と言えば順調だし、不調っちゃ、不調かなぁ」
つまらなさそうに当麻が言う。
「上手くいってないの?」
詳しいことはよく知らないけど、当麻は知る人ぞ知る大きな企業の研究室で、毎日毎日実験を繰り返しているらしい。
「ああ、思うように成果が出ないんだなぁ。ま、そんなにトントン拍子で進む予定でもないんだけどな」
「そっか…研究職も大変だね」
「そっちはどう?」
「んー、まぁね、それなりに、かな?」
今日、仕事でやってしまった小さなミスを思い出しながら答える。
後から何とか挽回はしたけど。
「景気悪いなぁ」
「悪くもないけどね」
「悪くないのかよ」
「良くもないけどねー。まぁ、ぼちぼちぼちってとこかな」
苦笑いしながら、僕はビールを飲んだ。
「ま、大学卒業して三年。なんとなく壁にぶち当たる頃なのかもなぁ…」
頬杖をついて当麻が言う。
「かもね」
「で?」
「ん?」
「人生の壁にもぶつかってるって話?」
当麻は頬杖をついたまま、目だけ横に、僕を見て言った。
「どうして?」
「いや、珍しく伸に呼ばれたからさ、なんか悩みでもあるのかと思ったんだけど」
「いや、そうじゃないよ」
そうじゃなくもないけど。
悩んでいるのは僕じゃなくて、キミなんじゃないの?
「彼女は?」
当麻が、また聞いてくる。
「あ、うん、まぁ…仲良くしてるよ」
「もう長いだろ。俺、一度会ったことあるよな。ほら、偶然さぁ、表参道だったっけ?」
そうそう。
あんなに人の多いところで、本当に偶然出会ったんだ。
その時、僕は彼女を当麻に初めて紹介した。
当麻も小さくて髪の長い、可愛らしい彼女を連れていた。
紹介してもらった名前は忘れてしまったけど。
「うん。あの時は当麻も彼女連れだったよね」
僕にそう言われると、当麻の目は今度はチラリとナナメ上を見る。
はてそうだったっけ。そうだったかもしれない。それならあの時の彼女は…誰だったっけ?
と、顔に書いてある。
「あー、うー、あー、はいはい。そうだそうだ。うん。ていうか、あの日に別れたんだったかも」
なんだか、なんでもない事のように当麻は言う。
もしかすると、結局当時の彼女が誰だったかも、ちゃんと思い出してないのかもしれない。
「そっか」
突っ込むのはやめる。
「…結婚とか、しないの?」
「うん…彼女がまだ…仕事に一生懸命でさ」
最近の僕と僕の彼女にとって、結婚は避けるべきNGワードになっているのだ。
暗黙の了解で、どちらからも話題にしない。
「ふうん」
「ほら、ウチって、結婚したら、実家と無関係じゃいられないウチだろう?」
「う~ん…旧家だからなぁ」
「ダメかもしれないなぁって、…実は、ちょっぴり思いはじめてるところ」
でも、クリスマスは一緒に過ごす。
将来の見通しは立たなくても、だからといって好きでなくなるわけでもない。
「…ふーん…」
そんなものかね、と少し納得のいかないような、若干不満の混ざったような相槌を、当麻は打った。
店員が焼き鳥の盛り合わせを運んできた。
(2)へつづく
「…よぉ、久しぶり」
都心の駅からさほど遠くない居酒屋に来るのに、場違いなほどに完璧な防寒対策の当麻は、ぐるぐるにまいたマフラーをとり、重たそうなダッフルコートを脱ぎ、手袋をはずした。
防寒の武装を解いてしまえば、その身体は長身なのに相変わらず華奢で、深みのある碧いセーターがよく似合っている。
「意外と早かったね」
職場を出る少し前に当麻から、待ち合わせの時間に遅れそうだとのメールをもらっていた。
だから僕は、彼女と過ごす三回目のクリスマスに贈るプレゼントを百貨店で物色しながら時間を過ごして、十五分ほど前にこの店に着いたところだ。
窓に向かったカウンター席に落ち着くと、素面で話をするつもりもなかったので、お通しと生ビールで先に始めていた。
当麻は僕の隣りに座ると、店員から湯気の立ったおしぼりを受け取り、おそらく冷え切っているのだろう顔にあてながら自分の生ビールを注文した。
「おしぼりあったけー!… あ、悪かったな。だいぶ待たせた? 仕事、ちょっと手間取っちゃって。」
「いや、連絡もらってたから大丈夫。僕も用を済ませてから来たんだよ。当麻こそ、この店すぐにわかった?」
僕が選んだこの店は、今どきの小洒落た隠れ家風の居酒屋で、忘年会シーズンであることもあり、かなり込み合っている。
大きな通り沿いではあるが、雑居ビルの五階にあり、初めて来るには少しわかりづらい。
「ああ、伸の書いてくれた地図が親切だったから、すぐわかった」
当麻は意外と方向音痴なところがあるので、かなり詳細な情報を送っておいたのだ。
とりあえずほっとする。
「雨が降るってわかってたら、駅の中の方が良かったね」
コートを預かります、と店員が当麻のコートを持って行った。
コートには、細かな水滴がついている。
「いや、金曜のこの時間じゃ混んでるだろう。たまには雨の中を歩くのもいいさ。寒いけどな」
「当麻、寒いの苦手だもんねー」
柳生邸で五人が一緒に暮らしていた頃から、雪が積もるとはしゃいで外へと飛び出して行く仲間たちには付き合わず、当麻は一人でリビングの掘りごたつにはまり込んでいた。
「最近、本当に寒いよなぁ。いくら十二月だからって、寒すぎるよな」
当麻は口をとがらせて寒さに不満を漏らす。
窓から外を見るとネオンサインに霧雨が煙っている。
凍りつくような、冷たい雨。
店員が当麻の生ビールを運んできた。
「乾杯するか」
当麻はジョッキを持ち上げる。
僕のビールはもう半分になってしまったけど。
「じゃあ、何に乾杯する?」
「うーん、このあったかい店の中で冷たいビールが楽しめることに…かな」
当麻が、そう言った。
確かに、この冷たい雨の夜にキンキンに冷えた生ビールが飲みたくなるのだから、店内はよほど暖房が効いている。
この上ない贅沢だ。
「じゃあ、この贅沢に、乾杯!」
「乾杯!」
僕がジョッキを持ち上げると、当麻がそこに軽く当て、カツン、と無機質な音を立てた。
* ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ *
「珍しいよな、伸が飲みに誘ってくれるなんて」
「そう?」
当麻と僕は最寄駅が同じ職場に勤めている。
だから気軽に年に何度かは顔を合わせているけれど、いつもだいたい遼か秀のどちらかが一緒で、二人きりということはなかったかもしれない。
でも今日は僕が二人だけで話がしたくて、当麻を呼び出した。
二人きりで会いたい、などとは伝えていないけど。
「二人だけで飲むなんて、今まであったかぁ?…あ、何かつまみ注文しようぜ?」
当麻はメニューを一頁ずつめくりながら、真面目な顔で熱心に隅々まで見ている。
昔から食べることに関しては手を抜かないヤツだ。
「デザートが充実してるんだよ、ここ。この前、会社の仲間と来たんだけど、当麻と飲むならここだなぁって思って」
「よくわかってるねぇ、さすが伸。…わ、ほんとだ。スイーツがこんなにあるとこ、あんまりないよなー」
「でしょう。あ、でもはじめっからから甘いもん頼まないでよ。ビールが不味くなるから」
素直に喜ぶ当麻に、ついつい一言余計な釘を刺したくなってしまう。
僕たちは店員に生ビールの追加と、つまみを何品か注文した。
「ふーん…だから女性客が多いのか…。ていうか、カップル多いな…」
周りを見回しながら当麻がつぶやくので、僕もつられて店内を見渡す。
男性グループや、いかにも合コンというグループはなく、二人以外はほとんどが女性のグループか男女二人で来ている客のようだった。
「もうすぐクリスマスだしね」
僕がさっき見てきた彼女へのプレゼント候補を思い出しながら言うと、
「クリスマスか……」
ほんの一瞬、ふと当麻の表情が曇り、小さなため息をひとつついた。
* ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ *
「…どう? 当麻、最近」
とりあえず、雑駁に会話の口火を切ってみる。
「仕事?」
「うん、とか、色々」
色々。
聞きたいのは、本当は仕事のことじゃないけど。
でもまぁ、まずは仕事のことでもいい。
「仕事は順調と言えば順調だし、不調っちゃ、不調かなぁ」
つまらなさそうに当麻が言う。
「上手くいってないの?」
詳しいことはよく知らないけど、当麻は知る人ぞ知る大きな企業の研究室で、毎日毎日実験を繰り返しているらしい。
「ああ、思うように成果が出ないんだなぁ。ま、そんなにトントン拍子で進む予定でもないんだけどな」
「そっか…研究職も大変だね」
「そっちはどう?」
「んー、まぁね、それなりに、かな?」
今日、仕事でやってしまった小さなミスを思い出しながら答える。
後から何とか挽回はしたけど。
「景気悪いなぁ」
「悪くもないけどね」
「悪くないのかよ」
「良くもないけどねー。まぁ、ぼちぼちぼちってとこかな」
苦笑いしながら、僕はビールを飲んだ。
「ま、大学卒業して三年。なんとなく壁にぶち当たる頃なのかもなぁ…」
頬杖をついて当麻が言う。
「かもね」
「で?」
「ん?」
「人生の壁にもぶつかってるって話?」
当麻は頬杖をついたまま、目だけ横に、僕を見て言った。
「どうして?」
「いや、珍しく伸に呼ばれたからさ、なんか悩みでもあるのかと思ったんだけど」
「いや、そうじゃないよ」
そうじゃなくもないけど。
悩んでいるのは僕じゃなくて、キミなんじゃないの?
「彼女は?」
当麻が、また聞いてくる。
「あ、うん、まぁ…仲良くしてるよ」
「もう長いだろ。俺、一度会ったことあるよな。ほら、偶然さぁ、表参道だったっけ?」
そうそう。
あんなに人の多いところで、本当に偶然出会ったんだ。
その時、僕は彼女を当麻に初めて紹介した。
当麻も小さくて髪の長い、可愛らしい彼女を連れていた。
紹介してもらった名前は忘れてしまったけど。
「うん。あの時は当麻も彼女連れだったよね」
僕にそう言われると、当麻の目は今度はチラリとナナメ上を見る。
はてそうだったっけ。そうだったかもしれない。それならあの時の彼女は…誰だったっけ?
と、顔に書いてある。
「あー、うー、あー、はいはい。そうだそうだ。うん。ていうか、あの日に別れたんだったかも」
なんだか、なんでもない事のように当麻は言う。
もしかすると、結局当時の彼女が誰だったかも、ちゃんと思い出してないのかもしれない。
「そっか」
突っ込むのはやめる。
「…結婚とか、しないの?」
「うん…彼女がまだ…仕事に一生懸命でさ」
最近の僕と僕の彼女にとって、結婚は避けるべきNGワードになっているのだ。
暗黙の了解で、どちらからも話題にしない。
「ふうん」
「ほら、ウチって、結婚したら、実家と無関係じゃいられないウチだろう?」
「う~ん…旧家だからなぁ」
「ダメかもしれないなぁって、…実は、ちょっぴり思いはじめてるところ」
でも、クリスマスは一緒に過ごす。
将来の見通しは立たなくても、だからといって好きでなくなるわけでもない。
「…ふーん…」
そんなものかね、と少し納得のいかないような、若干不満の混ざったような相槌を、当麻は打った。
店員が焼き鳥の盛り合わせを運んできた。
(2)へつづく
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