たいいくのひ
since November 22th 2012
【008-02】君が好き seiji side
君が好き の征士視点。
**********
目の前で涙を流しているわけではない。
悲しそうな顔をしているとも限らない。
*
それはまだ私達が妖邪との戦いに明け暮れてる頃。
作戦会議の中心は智将天空である当麻。
平気な顔で、時には不敵な笑顔さえ見せながら全員に指令を出している時も、私には当麻が泣いているのがわかることがあった。
当麻が泣いている。
実際には見たことのない当麻の泣き顔。
しかし風が吹くのを感じるように、私は泣いている当麻を感じるのだ。
光輪の鎧の力なのだろうか。
そう思ったこともあった。
確かに光輪の力を意識してから、他人の感情や身体の不調には少し敏感になった。
だがこんなに具体的に感じるのは当麻だけだ。
当麻はいつも私にとって特別な存在だった。
*
春。
高校三年間の共同生活を送った私たち五人は、それぞれの進学先へと散り散りになることになった。
出立の前夜、私たち二人は引っ越しの荷物が積まれた二人の部屋で、どちらからともなく並んで窓の外を眺めていた。
月の美しい晩だった。
明日には当麻と別れることになる。
私は離れ難い気持ちでいっぱいだった。
当麻は泣いていた。
窺い見える表情は平然としているように見えるのに。
どうして泣いているのか、それは私にはわからない。
だけど、当麻の寂しい気持ちが私にはヒリヒリと伝わってくる。
…抱きしめたい。
ふと湧いた、その感情に自分でも驚いた。
離れたくないという感情を当麻に伝えたいのだろうか。
泣いている当麻を慰めたいのだろうか。
それなら抱きしめるよりも、もっと別の方法があるだろうに。
抱きしめたい。
突如として膨らんだその不可解な気持ちが抑えきれなくなり、気がつけば当麻の肩を抱き寄せていた。
その瞬間、当麻の目から大粒の涙がこぼれて落ちる。
初めて見た、当麻の本物の涙だった。
私はその涙に口づけた。
当麻の涙の味がした。
そして下唇を噛むように結ばれた当麻の唇に口づけた。
私ははっきりと自覚した。
これは恋だったのだ、と。
当麻が好きだ。
当麻は私の口づけを受け入れるでもなく嫌がるでもなく、ただポロポロと子どものように涙をこぼし続けた。
「泣くな、当麻」
私まで泣いてしまいそうになる。
離れたくない。
ずっと一緒にいたい。
もう一度口づけた。
「好きだ、当麻」
そして今自覚したばかりの感情を口にする。
自分の口から出たその言葉が耳から入り、またその自覚を強固なものにするのがわかる。
当麻が好きだ。
*
涙は止まった。
当麻は無表情のままだった。
それからまた、二人で窓の外を見た。
月がくっきりと浮かび上がっていて、その光が私と当麻を照らす。
せっかく自分の気持ちに気がついても、明日には離れてしまうのだ。
もう一度抱き寄せたい。
もう一度口づけたい。
でも当麻が何の反応も返さない以上、その行動はためらわれた。
泣いている…それ以外の感情は、私には伝わってこないのだ。
泣いていない当麻の感情は、私にはわからない。
泣いている理由だって、わからない。
「もう、休もう」
私がそう言うと、当麻は頷くでもなくのろのろと自分のベッドに入った。
当麻が横になったのを見てから、私も自分のベッドに横になった。
当麻が好きだ。
でも、どうすることもできない。
明日からは離れて暮らすのだ。
そして今、このような行動に出てしまった以上…。
おそらく当麻と今までどおりに接することはできないのだろう。
不思議なことに後悔はしていなかった。
私が口づけることで当麻の涙は止まった。
それだけでよかった。
当麻が眠りについた気配を確認してから、私も眠った。
*
翌日、目覚めると当麻はまだ眠っていた。
自分の恋情に気づいてから初めてまともに見る当麻の顔。
青みがかった柔らかな髪。
頭脳の明晰さをそのまま表しているような額。
まつ毛も青みがかっているのだな。
整った鼻梁。
そして、唇の柔らかさは…そう、昨日知ったのだ。
当麻が好きだ。
世界でただ一人、特別に。
迷いはなかった。
ただ…昨日の私の行動を、言葉を当麻がどう受け取ったのか、それは皆目わからなかった。
男である私が、男である当麻に恋をしたこと自体がどうかしているのだ。
当麻が私に同じ気持ちを抱いてくれる可能性などないに等しいのだろう。
それでもいい。
当麻が好きだ。
そのことだけで私が生きていることに意味がある気がした。
昨日のことには触れないで、このまま別れよう。
そう思った。
*
離れて生活していても当麻が泣いているときには、相変わらずそれを感じることができた。
別れてしばらくはしょっちゅうだったその感覚は、一人暮らしに慣れるにつれて少しずつ間隔があいてきたが、そうかと思うと何日か続くこともあった。
当麻が泣く日は、月の綺麗な晩が多かった。
当麻が泣いているとき、私は当麻を思う。
当麻はどうなのだろう。
あれからふと思いついたことがある。
当麻が泣いていると私が感じるとき、泣いている当麻は私を求めているのではないだろうかと。
戦いの最中、仲間には見せられない心細さで、当麻の心は私にすがっていたのではないだろうか。
あの最後の晩も、当麻は私を求めて泣いていたのではないだろうか。
そして。
当麻が泣いているとき、いや、当麻が泣いていると私が感じるとき。
それは、私の心も当麻を求めて泣いているときなのではないだろうか。
戦いの最中、私も平静を装いつつも心は不安でいっぱいだった。
別れの晩も私の心は泣いていた。
心が共鳴したときに伝わってくる。
私達は、お互いを思い合っている。
それは私の都合のいい夢なのかもしれないが。
*
クリスマスイブ。
冬休み中に企画された自主ゼミの準備で忙しく、これといった予定もなく、私は自分の部屋で資料作りをしていた。
作業をしながら、この夜は当麻のことが気になって仕方がなかった。
泣いている。
こんな夜に、部屋で泣いているのだろうか。
クリスマスイブに、一人で。
会いに行こうか…。
当麻の住所は知っている。
地図を頼りに行くことはできるだろう。
電話をしようかすまいかで悩む。
いきなり行って留守では仕方がないが、連絡をすれば拒絶されるかもしれない。
ただすぐにでも声を聞いて様子を確かめたくなった。
受話器をあげ、手帳を見ながらプッシュボタンをゆっくりと押していく。
初めてかける、当麻への電話。
呼び出し音が長く続いた。
留守かもしれない…。
そう思い、受話器を置こうとしたところで相手が出た。
「はい」
当麻の声だ。
「…当麻か」
何を言ったらいいのだろう。
そう考えて言い淀んだ途端、当麻のしゃくり上げる声が聞こえた。
「…泣いているのか?」
「…泣いてない」
懸命に泣くのを我慢しているような声。
しかしそれは嗚咽に変わっていく。
「泣いているではないか」
胸が締め付けられる。
そんなに泣かないでくれ。
「腹が…減ってんだよ」
当麻はしゃくり上げながら言った。
「お前に…征士に、会いたいんだよ。腹が減った…」
会いたい。
征士に会いたい。
当麻が確かに、そう言った。
私に会いたいと、そう言った。
「分かった。今からそちらに行くから」
すぐに会いたい。
会って、その涙を止めてやりたい。
私にはきっとそれができるはず。
そう思った。
受話器を置こうとしたとき、また当麻の声がした。
「いい…俺が行く」
まだしゃくり上げているが、しっかりと意志が伝わってくる。
「…今度は、俺が行く。俺、わかったから。今やっと、わかったから…待ってて」
その言葉に驚きつつ、やっぱりとも思いながら、私の心が暖かく満たされてくるのがわかる。
当麻が私を想ってくれている。
私たちは共鳴している。
私たちは共鳴している。
「ああ、わかった。気をつけて」
私が言い終わらないうちに、当麻の方が受話器を置いた。
*
当麻の涙は止まった。
離れていても、私にはそれがわかる。
*
寒さの中をやってくる奴をもてなさなくてはならない。
私はアパートの部屋を出ると、階段を下りてすぐにある自動販売機で缶コーヒーを買った。
当麻のための甘いものと。
自分のためのブラックと。
さて当麻はこの場所がわかるのだろうか。
電話の前で待っていた方がよさそうだ。
振り返って空を仰ぐと別れた日と同じ月がかかっている。
小田原の月より濁っている東京の月は、やはりそれでも、あの晩と同じ月だ。
おわり
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【あとがき】
なんだか征士は当麻をひたすら守ってくれる騎士になってしまいました。
うふふ。
かーっこいーい。
自画自賛(笑)。
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