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【008-01】君が好き

クリスマスSS。三つ目だ。
もひとつ緑青です。

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**********

今夜はクリスマスイブ。
 
特になんの感慨もないけど、聖夜の浮かれた街に一人で出る気もしないし、飯でも食いに行かないかと大学の友達に声をかけるのも、この日はなんとなく気が引ける。
かといって、いそいそと自炊する気にもならない。
 
なのでアパートの部屋の真ん中で一人でひっくり返っている。
晩飯も食わずに。
 
去年のクリスマスはまだみんなで柳生邸で暮らしていて、最後のクリスマスパーティだと言って馬鹿騒ぎをした。
 
そう。
最後だから、最後だからと言って、クリスマスも年越しも節分も、誰それの合格祝いだのもすべて馬鹿騒ぎをした。
 
今年は、一人だ。
 
俺と征士と伸は都内の、それぞれ別の大学に通っている。
遼は写真の、秀は料理の専門学校。
時々何人かで集まることはあるが、あれから征士と話ができない。
 
避けているんだ。
俺が。
 
 
 
本当に本当の最後の夜、俺たち二人は引っ越し荷物の段ボール箱の積み上がった俺たちの部屋で、窓の外を眺めていた。
 
春はすぐそこなのに、冷たい月夜だった。
 
ずっと黙って、窓際に二人で並んで立って月を見ていた。
俺は翌日から征士と離れて暮らすなんて、信じられなくて、寂しくて。
そんな気持ちに自分でも驚いて、持て余していた。
 
離れたくない。
 
心の声がそう叫んだ瞬間に、征士が俺の肩を抱き寄せた。
 
驚いたことに、俺の目からは涙が落ちて。
征士はそっと顔を寄せて、頬を流れる俺の涙をその形の良い唇でついばんで。
それから、俺にキスをした。
 
目を閉じると、涙がまたポタポタと垂れて、俺の初めてのキスは、やけに塩からい味になった。
 
「泣くな、当麻」
 
征士は一言そう言って、また口づけて、
 
「好きだ、当麻」
 
と言った。
 
俺は黙っていた。
 
俺たちはまたしばらく黙って立っていた。
 
「もう、休もう」
 
征士が言ったので、俺は自分のベッドに入った。
しばらくは眠れなかった。
隣のベッドの征士も、何回か寝返りをうっていた。
 
眠りに落ちる瞬間、俺は確かにわかっていた。
俺の肩を抱き寄せた征士の腕と。
キスと。
征士が俺のことを好きだと言ったことが、とても嬉しかったということが。

でも、だからといって、どうすればいいというのだろう。
 
翌日、別れの日。
目覚めたら征士はもう、部屋にはいなかった。
 
リビングに行くと征士と皆がいて、いつもと同じように朝食をとり、そして笑って別れた。
 
俺は征士と目を合わせなかった。
 
征士も皆に対しては普段と変わらないように見えたが、俺には話しかけなかった。
 
俺はそれから、ずっと征士を避けている。
皆で集まった時に、当たり障りのない世間話くらいはしたけれど。
あの瞬間、確かにわかったような気持ちも、またどんどんとあやふやな、頼りないものになっていった。
 
 
 
また思い出してしまった。
忘れようとしているのに。
意識の外に出してしまいたいのに。
 
寝転んだまま顎を上げて上目遣いに窓の外を見やると、あの夜と同じ月がかかっている。
 
クリスマスイブだってことが、俺を感傷的にさせるんだろうか。
 
澄んだ小田原の月と違って、東京の月は冬でもぼんやりと濁っていて。
それが、美しい征士と、ぼんやりした俺のどうしようもない対比のような気がして。
また征士のことを考えている自分に気づく。
 
「好きだ、当麻」
 
耳元で聞こえたあの声が、また聞こえる。
まだ、征士の心は変わらないだろうか。
それとも俺のことなど、もう忘れているのだろうか。
 
また涙が出てきた。
 
涙を流して泣くなんて、あの日以来だ。
今夜はどうかしている。
征士を思って、一人で泣くなんて。
 
会いたい。
 
涙が目の横を伝って、ポタリと床に落ちた。
 
 
 
電話が鳴った。
 
おふくろかな。
電話に出たら、あのけたたましいいつもの口調で「当麻くーん! メリークリスマース!」とか言うのに違いない。
 
そんな電話でも、この気分を変えてくれるのならと、俺はのろのろと起き上がり、一回鼻をすすって呼吸を整えてから、電話に出た。
 
「はい」
 
「……当麻か」
 
その声が聞こえた途端。
 
また涙がポタポタと頬を流れて落ちた。
鼻水まで垂れてきて、あわててすすりあげる。
 
「……泣いているのか?」
 
心配そうな声。
征士の声。
 
「……泣いてない」
 
言葉とは裏腹に、それは嗚咽に変わっていってしまう。
止まらない。
 
「泣いているではないか」
 
「腹が……減ってるんだ。なんだよ。なんで電話なんかかけてくるんだよ」
 
俺はしゃくり上げながら言った。

「なぜだか……お前に電話をしなければいけないような気がしたのだ。当麻。お前が私を呼んでくれたような気がして……。何かあったのでなければいいが、そうでもなさそうだな」

穏やかな声。
聞きたかった、征士の声。
 
「お前に……征士に、会いたいんだよ。腹が減った……」
 
「分かった。今からそちらに行くから」
 
「いい……俺が行く。……今度は、俺が行く。俺、わかったから。今やっと、わかったから……待ってろ」
 
俺は電話を切った。
 
鼻をすすりながら、かけてあったコートを着た。
コートの袖で、頬をぐいっと拭った。
 
アパートを出て、すぐそこにある半分錆びたような自販機で、温かい缶コーヒーを買う。
クリームのたっぷり入った甘いのと、ブラックを一本ずつ。
それを両方のポケットに入れて、突っ込んだ手を温めた。
 
冷めないうちに電車に乗ろうと、ポケットに手を入れたまま、歩道橋を駆け上がる。
 
早く会いたい。
会って、あの言葉の返事を伝えたい。
 
「征士、俺もお前が好きだ」
 
クリスマスの夜に。
 
 
 
 
 
 
おわり
 
 
**********
 
間に合った…?
クリスマスSS。
 
甘々を! って言われていたのに甘々一歩手前だし。
 
征当で、もうクリスマスを二つ書いたから、今度は当征でって思って、「君が好き」を聞きながら、今回は男前な当麻を書こうと書き始めたのに、乙女に…。
しかも、せっかくの曲も、ちょっとしたシチュを使っただけで、全然雰囲気ではありません。

mさんごめんね、緑青になっちゃった。
しかもクリスマス、ほとんど関係ないし。

征士とのキスがファーストキスな当麻を書いたの…っていうか、妄想したの初めてだなぁ。
 
タイトルいいの思いつかないから、とりあえず曲のタイトルで。


*2013/1/4 微細修正。
*2015/03/02 細部修正。
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