たいいくのひ
since November 22th 2012
【007】結果オーライ
羽柴さんの職場の忘年会にて起きたハプニング。
緑青です。
緑青です。
**********
俺の勤務先はとある企業の研究所だ。
研究員は新卒で採用されることはなく、様々な企業や大学から相当なキャリアのあるものだけが引き抜かれてくるため、若者は皆無。
俺だって三十も近いのだが、ここでは断トツで一番の若手ということになっている。
一方、女性社員は事務職がほとんどで、二十代の今時のオネエチャンも多い。
年頃の男との出会いがほとんど望めないこの職場で、彼女たちの興味の先はもっぱら俺、羽柴当麻ということになるらしい。
研究所恒例の忘年会は大企業らしく、立派な有名ホテルの1階にある結婚披露宴をするような宴会場を借り切って開かれる。
しかし内容は実にフランクで、所長のあいさつや乾杯がすんでしまえば無礼講。
俺はこの職場の男性陣で俺の次に若い、今年四十になったという片桐さんと、すっかり話し込んでいた。
一応「若手二人」ということになっていて、いろいろと仲良くしてもらっている。
この日もはじめは研究の話をしていたのだが、そのうち奥さんのノロケ話になり、お子さんがいかに可愛いかという話になり、家族っていいぞー、早く結婚しろ、羽柴、という定番の話の流れになる。
「彼女いるんだろ? 羽柴ぁ」
と聞かれると、
「ええまぁ、決まったヒトはいるんですけど…」
と、どうしても、お茶を濁さざるを得ない。
隠したいわけじゃないんだが、かと言って、いきなりぶっちゃけられても相手も困るだろうし。
先輩がトイレに立った途端に、俺の周りに何人かの女子が集まる。
片桐さんが座っていた椅子に座ったのは、いつも給料明細を配ってくれる、経理の小野さんだ。
「羽柴さぁん、飲んでますかー?」
すっかりできあがっているらしい。
ジョッキを左手に持ち、右手を俺の肩に置いた。
顔が近い。
身体が近い。
小野さんは美人だ。
結構、色っぽい系の。
それでも最近、グッと来ないんだなぁ、俺。
俺だって男だ。
モテるのは悪い気分じゃない。
嫌な感じはしないんだけど。
困ったなぁ、の方が先に立ってしまう。
俺がアイツ一筋だからということにしておく。
「小野さん、飲み過ぎ」
俺は肩に置かれた手をさりげなくとって、本人の膝の上に置く。
「あ、やっと名前覚えてくれたんですねぇ~、羽柴さん! さっすが~」
何がさすがなのかわからないけどな。
まぁ気持ちよく酔ってますね。
お名前は、飲み会のたびに熱烈なアプローチをしてくれるので覚えましたよ。
そのたびに、お付き合いしてるヒトがいると伝えてはいるんだがなぁ。
「良かったねー、奈緒、ちょっとは脈があるんじゃない?」
その周りについてきた、小野さんのお友達AさんBさんCさんがキャラキャラと騒ぐ。
ははは、と苦笑いしながら、俺は周囲が気になってしかたがない。
ほら、あそこからこっちを見ている女の子の目が怖い。
反対のあっちからも、そのまた向こうからも、嫉妬の目が集まっている。
怖い、怖い。
俺ってさー、そんなにイイもんでもないぜ?
他に選択肢がないって怖いよなぁ。
片桐さんがトイレから戻ってきて、少々困っている俺に気づいて、隣のテーブルから椅子を持って来て俺と小野さんの間に割って入ってくれた。
「なんだなんだ。小野はまた羽柴につきまとってるのか。こいつ彼女いるらしいぞ?」
助け舟も出してくれた。
でも酔っている小野さんは、そんなことでは諦めてくれない。
「知ってます! そんなこと!」
俺を見る目が座っている。
「でも私、羽柴さんが好きなんです! 付き合ってるっていったって、まだ結婚してないんでしょう? 私、羽柴さんが結婚したり、恋愛対象が男だっていうんじゃない限り、羽柴さんのこと諦めませんから!」
「きゃー、奈緒って大胆!」
「すご~い! こんなところで!」
AさんBさんCさんは色めき立つ。
…え~っと。
「恋愛対象が男だっていうんじゃない限り」って言ったよね、今。
ということは、事実さえわかれば諦めてくれるわけな。
ここで一発、俺の恋人は男前な男であると公表してやれば、もう先輩と煮え切らない話をしなくていいし、小野さんももっと有意義な次の恋に旅立てるし、そのまた周りの女の子たちも、俺のことなんか気にしなくなるだろう。(まぁ、それはそれでちょっとだけ寂しい気もするけどね)
カミングアウトってやつだ。
相方の征士は俺との関係を誰にも隠さない。
家族親戚にも、自分の友人にも職場にも、はなっから羽柴当麻という男が伴侶であるということを公表している。
「お前と愛し合っていることは、恥ずべきことではない」
と、堂々と彼の人はおっしゃる。
それはそれは清々しい、光輪流の筋の通し方だ。
そして俺への愛の示し方だ。
愛されてるよなぁ、俺。
一方俺はと言えば、征士とのことは親父とお袋には一応理解してもらっているが、征士と共通しない友人や職場には、特に公表はしていない。
もちろん恥ずべきことだと思っているわけではない。
多分、男と付き合っているからどうこう言われるような職場でもないし。
ただ普通の恋愛してるヤツが「俺の恋人は女なんですよ」と言わないのと同じように、俺もあえて言っていないだけだ。
…と、思う。
征士は俺に、自分と同じようにして欲しいとは一切言わない。
共通の知人の前では何も言わずに単なる友達として振舞ってくれる。
それがまた、俺をほんの少しだけ後ろめたい気持ちにさせる。
もしかしたら、今がチャンスなのかもしれない。
今ここで言っちまえば、瞬時にこの場で職場のみんなに伝わるだろう。
カミングアウトのチャンスとしては、一番面倒がなさそうな気がしてくる。
ドン引きされるかもしれないが、まぁいい。
もうすぐ征士が迎えに来る時間だ。
いたたまれなくなったら、外へ出てしまえばいい。
後のことなんて知るもんか。
俺はジョッキに半分残っていたビールを一気に飲み干して、小野さんを見る。
「…小野さん、俺、決まった人がいるって言ったよね?」
できるだけ淡々と。
「ええ」
「一緒に住んでるんだ。…もう三年も」
「でも…結婚はしてないんですよね?」
引き下がるつもりはないという態度。
彼女みたいなの「肉食系」って言うんだろうなぁと思いながら、続ける。
「うーん、できないんだよね、結婚。…何でだと思う?」
すぐ隣にいる片桐さんも、今までのらりくらりとなんとなく避けていた「彼女」の話を俺が自分から始めたので、身を乗り出して聞いている。
「何でって…そんなのわかりませんよぉ」
「あのね、一緒に住んでいる俺の恋人はね、彼女じゃなくて、彼氏なの。彼氏。オトコ。…ね、つまり、そういうことだから」
あー、言ってしまった。
口に出してみると、あっさりとあっけないもんだ。
小野さんはポカンとしている。
片桐さんは俺の顔に釘付けになったまま、金縛りにあっている。
次の瞬間、AさんBさんCさんが
「きゃ~~~~~!!!」
と、黄色い声をあげた。
「羽柴さんって、そっち系だったんですかぁ!?」
「なんかイイ~~!」
「彼氏って、どんな人なんですかぁ!?」
…え? あれ?
こういう反応?
悲鳴で金縛りから解かれた片桐さんも興味津々な顔をして、
「へー、そうだったのかぁ、だからかぁ。なるほどなぁ!」
なんて感心してる。
なんで?
もうちょっと、マイナスの感情持たないの?
ちょっと引いちゃったりとかしないの?
なんでみんなそんなにプラス思考?
その時、テーブルの上に置いていた俺のケータイが震えた。
画面には「征士」の文字。
あっ…と思った瞬間、小野さんがすごい速さで俺のケータイをとって受話ボタンを押した…!
「お、おい、ちょっと…」
「もしもし? 羽柴さんの彼氏さんですか? 今、どこにいるんですか?」
俺を含めたその辺の全員が唖然としていると、小野さんは電話を切って立ち上がり、走って宴会場を飛び出した。
なんであんなに酔っているのに、そんなに走れる?
「え? ちょっと、何?」
俺も急いで後に続く。
こっちは思いのほか酒が回っていて、足がもつれる。
ふらふらしながらホテルのエントランスホールまで行くと、入口の自動ドアが開いて目立つ男が駆け込んで来た。
仕事帰りだったのだろう、スーツを着ているものだから、男前がさらに三割増だ。
俺が言うのもなんだが、あんまり美人なものだから、ホールを通るほとんどの人が征士を見る。
(ただし眼光鋭すぎて怖いので、たいていチラ見してから目をそらすけれど)
征士は俺を見つけると、
「当麻!」
と叫んで駆け寄って来た。
飲んでいるところに急に走ったからだろう。
俺はあと二、三歩、征士に歩み寄ろうとして、また足元がふらついてしまった。
あ、俺、転ぶ…。
「当麻!!」
そこにちょうど征士の腕が間に合って、俺を抱き上げる。
「おおおおお」
ホールにどよめきが起こる。
征士に抱えられたまま振り返って見ると、そこにはホールにいた人だけでなく、研究所の面々が俺たちの騒ぎを見るためにぞろぞろと出てきていた…。
「あ、わりぃ」
俺はすぐに征士から一歩離れた。
いたたまれない…。
飲んでいるから最初から顔が紅くなっていたのは幸いだ。
「大丈夫なのか? 具合が悪いのか? 何があったのだ? 当麻?」
征士が心配そうにうつむいた俺の顔を覗き込む。
「何って…征士こそ、なんでそんなに急いで中に入ってきたんだよ」
迎えに来るように頼んだのはそりゃあ俺だが、いつもなら外で、車の中で待っていてくれるのに。
「なんでって…今の電話…」
小野さんが征士の前に歩み出る。
「さっき、電話に出たの私です。すみません。あれじゃ、何かあったのかと思ってびっくりしますよね。…あの、羽柴さんの彼氏さんですか…?」
彼氏、という言葉を聞いて、征士はいつもより少し大きく目を見開いて、もう一度俺の顔を見る。
仕方がねぇ。
俺は征士に軽くうなづいて見せ、小野さんに言った。
「そ、これが俺の彼氏」
周囲が再びどよめく。
どうもそれは俺の恋人が男だということに対するどよめきではなく。
俺の恋人の美しさにどよめいているらしい…。
なんか…なんかちょっと、違わねぇか?
結局それから俺たちは、宴会場へ戻る羽目になった。
征士も一緒に。
征士は片桐さんや同じ研究チームのチーフと楽しそうに話しこんでいる。
俺たちの話をしているわけではなく、仕事の話をしているらしい。
薄々予想はしていたことだが、やっぱり研究所の男連中は人生の許容範囲が広い。
ていうか、人の恋人が男だろうが女だろうが、どうでもいいんだろう。
俺はまた少し離れたテーブルで、小野さんとABC、そしてなんだかまた増えた女子に囲まれてしまった。
「羽柴さん…私、諦めます」
そう言って小野さんはまたビールをあおった。
「男だとか女だとかそういう次元じゃなくて私、羽柴さんの彼に勝てる気がしません…」
小野さんは悔しそうだ。
まぁ、並の人間は征士には勝てない。
ていうか、別に勝負しなくていいから。
「いや、小野さんは小野さんで、美人で魅力的だから、ね…」
本当だよ。ごめんな。
なんで俺が慰めているのか、よくわからないが。
それから俺たちの馴れ初めなんか根掘り葉掘り聞かれたが、俺たちの出会いなんて話して信じてもらえるもんでもないし、そこんとこは適当にごまかした。
途中で抜けて帰ろうと思っていた忘年会も、気が付いたら締めの時間になっていて、なんだかよくわからないが最後には征士も隣に並んで一緒に手締めをしていた。
「どうせなら今、ここで結婚式しちゃえばいいんじゃないの?」
チーフが言い出して満場の拍手なんかもらっちゃったけど、丁重にお断りした。
わけがわかんないうちに全員に見送られて、俺たちは退場した…。
なんてこった。
「どうして職場で話す気になった? 私たちのことを」
帰りの車の中で俺たちはしばらく沈黙していたが、征士から口を開いた。
「いや、なんとなく…。悪かったな、あんなオオゴトになるとは思わなくて…」
「謝るな。私は楽しかった」
「…ありがと」
「それに…嬉しかった」
「…そ?」
運転する征士は前を向いたままだが、微笑んでいる。
俺はコイツが幸せならそれでいい。
なんだか大騒ぎだったが、結果オーライか。
後日。
彼氏のいる男だとわかれば、女の子は寄ってこなくなるに違いないと思って半分期待していたのだが、それはまったく当てが外れたのだ。
昼休みに社食にいると周りに女の子が集まってくる。
廊下で一人でいたりすると、誰かしらが俺に恋愛の相談を持ちかけてくる。
俺をなんだと思っているんだ。
だいたいあの時、ちょっと二人でいるところを見ただけで、俺の方がどちらかというと「彼女」だと当然のようにみんなが思っているところが気に入らない。
…事実だけどな。
まぁ、おおっぴらに征士の話ができるのは、気分がいいけどね。
自慢の彼氏ですから!
おわり
*******************
読んでくださってありがとうございます。
光輪さま、カッコイイ!
ついていきます。どこまでも。
この二人は外でイチャイチャしていても絵になるから許す。
おっさんになっても絵になるはず。
堂々とイチャイチャしなさい。
俺の勤務先はとある企業の研究所だ。
研究員は新卒で採用されることはなく、様々な企業や大学から相当なキャリアのあるものだけが引き抜かれてくるため、若者は皆無。
俺だって三十も近いのだが、ここでは断トツで一番の若手ということになっている。
一方、女性社員は事務職がほとんどで、二十代の今時のオネエチャンも多い。
年頃の男との出会いがほとんど望めないこの職場で、彼女たちの興味の先はもっぱら俺、羽柴当麻ということになるらしい。
研究所恒例の忘年会は大企業らしく、立派な有名ホテルの1階にある結婚披露宴をするような宴会場を借り切って開かれる。
しかし内容は実にフランクで、所長のあいさつや乾杯がすんでしまえば無礼講。
俺はこの職場の男性陣で俺の次に若い、今年四十になったという片桐さんと、すっかり話し込んでいた。
一応「若手二人」ということになっていて、いろいろと仲良くしてもらっている。
この日もはじめは研究の話をしていたのだが、そのうち奥さんのノロケ話になり、お子さんがいかに可愛いかという話になり、家族っていいぞー、早く結婚しろ、羽柴、という定番の話の流れになる。
「彼女いるんだろ? 羽柴ぁ」
と聞かれると、
「ええまぁ、決まったヒトはいるんですけど…」
と、どうしても、お茶を濁さざるを得ない。
隠したいわけじゃないんだが、かと言って、いきなりぶっちゃけられても相手も困るだろうし。
先輩がトイレに立った途端に、俺の周りに何人かの女子が集まる。
片桐さんが座っていた椅子に座ったのは、いつも給料明細を配ってくれる、経理の小野さんだ。
「羽柴さぁん、飲んでますかー?」
すっかりできあがっているらしい。
ジョッキを左手に持ち、右手を俺の肩に置いた。
顔が近い。
身体が近い。
小野さんは美人だ。
結構、色っぽい系の。
それでも最近、グッと来ないんだなぁ、俺。
俺だって男だ。
モテるのは悪い気分じゃない。
嫌な感じはしないんだけど。
困ったなぁ、の方が先に立ってしまう。
俺がアイツ一筋だからということにしておく。
「小野さん、飲み過ぎ」
俺は肩に置かれた手をさりげなくとって、本人の膝の上に置く。
「あ、やっと名前覚えてくれたんですねぇ~、羽柴さん! さっすが~」
何がさすがなのかわからないけどな。
まぁ気持ちよく酔ってますね。
お名前は、飲み会のたびに熱烈なアプローチをしてくれるので覚えましたよ。
そのたびに、お付き合いしてるヒトがいると伝えてはいるんだがなぁ。
「良かったねー、奈緒、ちょっとは脈があるんじゃない?」
その周りについてきた、小野さんのお友達AさんBさんCさんがキャラキャラと騒ぐ。
ははは、と苦笑いしながら、俺は周囲が気になってしかたがない。
ほら、あそこからこっちを見ている女の子の目が怖い。
反対のあっちからも、そのまた向こうからも、嫉妬の目が集まっている。
怖い、怖い。
俺ってさー、そんなにイイもんでもないぜ?
他に選択肢がないって怖いよなぁ。
片桐さんがトイレから戻ってきて、少々困っている俺に気づいて、隣のテーブルから椅子を持って来て俺と小野さんの間に割って入ってくれた。
「なんだなんだ。小野はまた羽柴につきまとってるのか。こいつ彼女いるらしいぞ?」
助け舟も出してくれた。
でも酔っている小野さんは、そんなことでは諦めてくれない。
「知ってます! そんなこと!」
俺を見る目が座っている。
「でも私、羽柴さんが好きなんです! 付き合ってるっていったって、まだ結婚してないんでしょう? 私、羽柴さんが結婚したり、恋愛対象が男だっていうんじゃない限り、羽柴さんのこと諦めませんから!」
「きゃー、奈緒って大胆!」
「すご~い! こんなところで!」
AさんBさんCさんは色めき立つ。
…え~っと。
「恋愛対象が男だっていうんじゃない限り」って言ったよね、今。
ということは、事実さえわかれば諦めてくれるわけな。
ここで一発、俺の恋人は男前な男であると公表してやれば、もう先輩と煮え切らない話をしなくていいし、小野さんももっと有意義な次の恋に旅立てるし、そのまた周りの女の子たちも、俺のことなんか気にしなくなるだろう。(まぁ、それはそれでちょっとだけ寂しい気もするけどね)
カミングアウトってやつだ。
相方の征士は俺との関係を誰にも隠さない。
家族親戚にも、自分の友人にも職場にも、はなっから羽柴当麻という男が伴侶であるということを公表している。
「お前と愛し合っていることは、恥ずべきことではない」
と、堂々と彼の人はおっしゃる。
それはそれは清々しい、光輪流の筋の通し方だ。
そして俺への愛の示し方だ。
愛されてるよなぁ、俺。
一方俺はと言えば、征士とのことは親父とお袋には一応理解してもらっているが、征士と共通しない友人や職場には、特に公表はしていない。
もちろん恥ずべきことだと思っているわけではない。
多分、男と付き合っているからどうこう言われるような職場でもないし。
ただ普通の恋愛してるヤツが「俺の恋人は女なんですよ」と言わないのと同じように、俺もあえて言っていないだけだ。
…と、思う。
征士は俺に、自分と同じようにして欲しいとは一切言わない。
共通の知人の前では何も言わずに単なる友達として振舞ってくれる。
それがまた、俺をほんの少しだけ後ろめたい気持ちにさせる。
もしかしたら、今がチャンスなのかもしれない。
今ここで言っちまえば、瞬時にこの場で職場のみんなに伝わるだろう。
カミングアウトのチャンスとしては、一番面倒がなさそうな気がしてくる。
ドン引きされるかもしれないが、まぁいい。
もうすぐ征士が迎えに来る時間だ。
いたたまれなくなったら、外へ出てしまえばいい。
後のことなんて知るもんか。
俺はジョッキに半分残っていたビールを一気に飲み干して、小野さんを見る。
「…小野さん、俺、決まった人がいるって言ったよね?」
できるだけ淡々と。
「ええ」
「一緒に住んでるんだ。…もう三年も」
「でも…結婚はしてないんですよね?」
引き下がるつもりはないという態度。
彼女みたいなの「肉食系」って言うんだろうなぁと思いながら、続ける。
「うーん、できないんだよね、結婚。…何でだと思う?」
すぐ隣にいる片桐さんも、今までのらりくらりとなんとなく避けていた「彼女」の話を俺が自分から始めたので、身を乗り出して聞いている。
「何でって…そんなのわかりませんよぉ」
「あのね、一緒に住んでいる俺の恋人はね、彼女じゃなくて、彼氏なの。彼氏。オトコ。…ね、つまり、そういうことだから」
あー、言ってしまった。
口に出してみると、あっさりとあっけないもんだ。
小野さんはポカンとしている。
片桐さんは俺の顔に釘付けになったまま、金縛りにあっている。
次の瞬間、AさんBさんCさんが
「きゃ~~~~~!!!」
と、黄色い声をあげた。
「羽柴さんって、そっち系だったんですかぁ!?」
「なんかイイ~~!」
「彼氏って、どんな人なんですかぁ!?」
…え? あれ?
こういう反応?
悲鳴で金縛りから解かれた片桐さんも興味津々な顔をして、
「へー、そうだったのかぁ、だからかぁ。なるほどなぁ!」
なんて感心してる。
なんで?
もうちょっと、マイナスの感情持たないの?
ちょっと引いちゃったりとかしないの?
なんでみんなそんなにプラス思考?
その時、テーブルの上に置いていた俺のケータイが震えた。
画面には「征士」の文字。
あっ…と思った瞬間、小野さんがすごい速さで俺のケータイをとって受話ボタンを押した…!
「お、おい、ちょっと…」
「もしもし? 羽柴さんの彼氏さんですか? 今、どこにいるんですか?」
俺を含めたその辺の全員が唖然としていると、小野さんは電話を切って立ち上がり、走って宴会場を飛び出した。
なんであんなに酔っているのに、そんなに走れる?
「え? ちょっと、何?」
俺も急いで後に続く。
こっちは思いのほか酒が回っていて、足がもつれる。
ふらふらしながらホテルのエントランスホールまで行くと、入口の自動ドアが開いて目立つ男が駆け込んで来た。
仕事帰りだったのだろう、スーツを着ているものだから、男前がさらに三割増だ。
俺が言うのもなんだが、あんまり美人なものだから、ホールを通るほとんどの人が征士を見る。
(ただし眼光鋭すぎて怖いので、たいていチラ見してから目をそらすけれど)
征士は俺を見つけると、
「当麻!」
と叫んで駆け寄って来た。
飲んでいるところに急に走ったからだろう。
俺はあと二、三歩、征士に歩み寄ろうとして、また足元がふらついてしまった。
あ、俺、転ぶ…。
「当麻!!」
そこにちょうど征士の腕が間に合って、俺を抱き上げる。
「おおおおお」
ホールにどよめきが起こる。
征士に抱えられたまま振り返って見ると、そこにはホールにいた人だけでなく、研究所の面々が俺たちの騒ぎを見るためにぞろぞろと出てきていた…。
「あ、わりぃ」
俺はすぐに征士から一歩離れた。
いたたまれない…。
飲んでいるから最初から顔が紅くなっていたのは幸いだ。
「大丈夫なのか? 具合が悪いのか? 何があったのだ? 当麻?」
征士が心配そうにうつむいた俺の顔を覗き込む。
「何って…征士こそ、なんでそんなに急いで中に入ってきたんだよ」
迎えに来るように頼んだのはそりゃあ俺だが、いつもなら外で、車の中で待っていてくれるのに。
「なんでって…今の電話…」
小野さんが征士の前に歩み出る。
「さっき、電話に出たの私です。すみません。あれじゃ、何かあったのかと思ってびっくりしますよね。…あの、羽柴さんの彼氏さんですか…?」
彼氏、という言葉を聞いて、征士はいつもより少し大きく目を見開いて、もう一度俺の顔を見る。
仕方がねぇ。
俺は征士に軽くうなづいて見せ、小野さんに言った。
「そ、これが俺の彼氏」
周囲が再びどよめく。
どうもそれは俺の恋人が男だということに対するどよめきではなく。
俺の恋人の美しさにどよめいているらしい…。
なんか…なんかちょっと、違わねぇか?
結局それから俺たちは、宴会場へ戻る羽目になった。
征士も一緒に。
征士は片桐さんや同じ研究チームのチーフと楽しそうに話しこんでいる。
俺たちの話をしているわけではなく、仕事の話をしているらしい。
薄々予想はしていたことだが、やっぱり研究所の男連中は人生の許容範囲が広い。
ていうか、人の恋人が男だろうが女だろうが、どうでもいいんだろう。
俺はまた少し離れたテーブルで、小野さんとABC、そしてなんだかまた増えた女子に囲まれてしまった。
「羽柴さん…私、諦めます」
そう言って小野さんはまたビールをあおった。
「男だとか女だとかそういう次元じゃなくて私、羽柴さんの彼に勝てる気がしません…」
小野さんは悔しそうだ。
まぁ、並の人間は征士には勝てない。
ていうか、別に勝負しなくていいから。
「いや、小野さんは小野さんで、美人で魅力的だから、ね…」
本当だよ。ごめんな。
なんで俺が慰めているのか、よくわからないが。
それから俺たちの馴れ初めなんか根掘り葉掘り聞かれたが、俺たちの出会いなんて話して信じてもらえるもんでもないし、そこんとこは適当にごまかした。
途中で抜けて帰ろうと思っていた忘年会も、気が付いたら締めの時間になっていて、なんだかよくわからないが最後には征士も隣に並んで一緒に手締めをしていた。
「どうせなら今、ここで結婚式しちゃえばいいんじゃないの?」
チーフが言い出して満場の拍手なんかもらっちゃったけど、丁重にお断りした。
わけがわかんないうちに全員に見送られて、俺たちは退場した…。
なんてこった。
「どうして職場で話す気になった? 私たちのことを」
帰りの車の中で俺たちはしばらく沈黙していたが、征士から口を開いた。
「いや、なんとなく…。悪かったな、あんなオオゴトになるとは思わなくて…」
「謝るな。私は楽しかった」
「…ありがと」
「それに…嬉しかった」
「…そ?」
運転する征士は前を向いたままだが、微笑んでいる。
俺はコイツが幸せならそれでいい。
なんだか大騒ぎだったが、結果オーライか。
後日。
彼氏のいる男だとわかれば、女の子は寄ってこなくなるに違いないと思って半分期待していたのだが、それはまったく当てが外れたのだ。
昼休みに社食にいると周りに女の子が集まってくる。
廊下で一人でいたりすると、誰かしらが俺に恋愛の相談を持ちかけてくる。
俺をなんだと思っているんだ。
だいたいあの時、ちょっと二人でいるところを見ただけで、俺の方がどちらかというと「彼女」だと当然のようにみんなが思っているところが気に入らない。
…事実だけどな。
まぁ、おおっぴらに征士の話ができるのは、気分がいいけどね。
自慢の彼氏ですから!
おわり
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読んでくださってありがとうございます。
光輪さま、カッコイイ!
ついていきます。どこまでも。
この二人は外でイチャイチャしていても絵になるから許す。
おっさんになっても絵になるはず。
堂々とイチャイチャしなさい。
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