たいいくのひ
since November 22th 2012
タンザニア日記3
ムカラ×当麻です。
**********
九月八日 金曜日
天気 晴れ。
ナリアが俺のところに来た。
俺が一人でここに残ることにしたのは、言葉の通じるナリアを当てにしていたところがあった。
それなのに、俺が残ることになったあの日以来、ぷっつりと姿を見せなかった。
姿を見たのは、結婚の儀式の時。
見物する大勢の村人の中に紛れて、こちらを伺っているのを見かけた、あの時だけだ。
あの時のことは後ほど詳しく記そうと思うが、到底ナリアに話しかけることができる状況ではなかった。
イバダにナリアのことを聞いても、ナリアのことは知っているが、ここには来ない、姿が見えないというようなことを言うばかりだった。
そのナリアが今朝、俺が川で身体を洗っているところにやってきた。
最初はイバダと村の言葉で話していた。
俺が川から上がると、ナリアはいつもの流暢な英語で俺に話した。
ナリアの話の内容は、自分の代わりにムカラの嫁になってくれて感謝している。
そして申し訳なく思っていると。
成り行き上こうなってしまっただけで、代わりになったわけではないから、罪悪感を抱く必要はないと伝えた。
ナリアが嫁になり、俺に村の案内をしてくれた方が、それはありがたかったとは思うがと言うと、またすまなさそうな顔をした。
余計なことを言ってしまった。
アフリカの未開の村でシャーマンの嫁になるなど、滅多に体験できることではないのだから、せっかくのこの立場でせいぜい調査研究しようと思うくらいには、俺だって前向きなのだ。
ナリアはムカラとのこれまでの経緯について話そうとしていたようだったが、今日の昼には村を去り、渡仏するとのことだったので、その話はひとまず遮らせてもらい、とにかく今日は俺からナリアに聞きたいことだけを聞いた。
この村には年に三回行商人が来るので、ナリアはそれに同行して首都ドドマに向かうとのこと。
俺も一緒に行けのるかと尋ねれば、ムカラの嫁は村から出られないと言う。
もし俺が出て行こうとすれば、すぐにムカラが連れ戻すだろうということだった。
ムカラは無口だが、もう少し慣れれば話すのではないかとのこと。
外と通じる行商人とは、こちらから連絡は取れないが、きっちり年三回訪れ、来なくなることはこれまで一度もないこと。
ムカラが俺を呼ぶ言葉の意味は「青い髪の嫁」であり、この村の伝承で、青い髪の色と異国の言葉を話すことに何か神聖な意味があること。
残念なことに、この村にはタンザニアの公用語であるスワヒリ語でさえ、ナリア以外に話せる者はいないということだった。
その後、ナリアと一緒に行商人の所へ行った。
行商人の周りには村人が群がっていたが、俺の姿を見ると、皆あちらこちらへと散っていった。
結婚の儀式での俺のあんな姿を散々見物していたのだ。
それは引くだろうと虚しい気分になったが、そうではないとナリアが教えてくれた。
ムカラの嫁は神聖なもので、おいそれと近づいたり、話しかけたりしてはいけないものなのだそうだ。
もう半月ここで暮らしているのに、ムカラとイバダ、アファアファ以外の人間にほとんど会わないことに合点がいった。
ムカラの家が、村の中心地から離れているからだけではなかったのだ。
行商人(男性、四十歳くらい?)とはスワヒリ語で話す。
通信機器を用立てすることはできないと言うので、(商売ができなくなるからだろうか)とりあえず次に来る時には紙とインクを持ってきてもらえるよう依頼した。
これで紙漉きをする必要がなくなった。
村からの脱出も、全くの不可能ではないことが分かり、今までよりは幾分安心もした。
行商人からアファアファの孫の病気に効きそうな薬を買う。
行商人とナリアの出発までまだ間があることを確認して家に戻り、とりあえず息災であり、すぐには帰れそうもないことを伝えるだけの手紙を拵えた。
横浜の秀の実家の住所だけ覚えていたので、秀宛てに整えて金とともに行商人に預けた。
これは届けば幸運と思うべきだろう。
残りの時間で、これまでイバダやアファアファと話していて、どうしても意味の取りにくい言葉について、ナリアにいくらか訊ねることができた。
ムカラが夜のあの時、俺に囁く言葉については、ナリアには聞きにくかったのでやめた。
許嫁だったのだから、ムカラが昼間、何をしているのか知っていたのかもしれないが、それは聞きそびれてしまった。
話しかける甲斐は全くないわけではないそうなので、折を見てムカラに直接聞いてみようと思う。
つづく
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九月八日 金曜日
天気 晴れ。
ナリアが俺のところに来た。
俺が一人でここに残ることにしたのは、言葉の通じるナリアを当てにしていたところがあった。
それなのに、俺が残ることになったあの日以来、ぷっつりと姿を見せなかった。
姿を見たのは、結婚の儀式の時。
見物する大勢の村人の中に紛れて、こちらを伺っているのを見かけた、あの時だけだ。
あの時のことは後ほど詳しく記そうと思うが、到底ナリアに話しかけることができる状況ではなかった。
イバダにナリアのことを聞いても、ナリアのことは知っているが、ここには来ない、姿が見えないというようなことを言うばかりだった。
そのナリアが今朝、俺が川で身体を洗っているところにやってきた。
最初はイバダと村の言葉で話していた。
俺が川から上がると、ナリアはいつもの流暢な英語で俺に話した。
ナリアの話の内容は、自分の代わりにムカラの嫁になってくれて感謝している。
そして申し訳なく思っていると。
成り行き上こうなってしまっただけで、代わりになったわけではないから、罪悪感を抱く必要はないと伝えた。
ナリアが嫁になり、俺に村の案内をしてくれた方が、それはありがたかったとは思うがと言うと、またすまなさそうな顔をした。
余計なことを言ってしまった。
アフリカの未開の村でシャーマンの嫁になるなど、滅多に体験できることではないのだから、せっかくのこの立場でせいぜい調査研究しようと思うくらいには、俺だって前向きなのだ。
ナリアはムカラとのこれまでの経緯について話そうとしていたようだったが、今日の昼には村を去り、渡仏するとのことだったので、その話はひとまず遮らせてもらい、とにかく今日は俺からナリアに聞きたいことだけを聞いた。
この村には年に三回行商人が来るので、ナリアはそれに同行して首都ドドマに向かうとのこと。
俺も一緒に行けのるかと尋ねれば、ムカラの嫁は村から出られないと言う。
もし俺が出て行こうとすれば、すぐにムカラが連れ戻すだろうということだった。
ムカラは無口だが、もう少し慣れれば話すのではないかとのこと。
外と通じる行商人とは、こちらから連絡は取れないが、きっちり年三回訪れ、来なくなることはこれまで一度もないこと。
ムカラが俺を呼ぶ言葉の意味は「青い髪の嫁」であり、この村の伝承で、青い髪の色と異国の言葉を話すことに何か神聖な意味があること。
残念なことに、この村にはタンザニアの公用語であるスワヒリ語でさえ、ナリア以外に話せる者はいないということだった。
その後、ナリアと一緒に行商人の所へ行った。
行商人の周りには村人が群がっていたが、俺の姿を見ると、皆あちらこちらへと散っていった。
結婚の儀式での俺のあんな姿を散々見物していたのだ。
それは引くだろうと虚しい気分になったが、そうではないとナリアが教えてくれた。
ムカラの嫁は神聖なもので、おいそれと近づいたり、話しかけたりしてはいけないものなのだそうだ。
もう半月ここで暮らしているのに、ムカラとイバダ、アファアファ以外の人間にほとんど会わないことに合点がいった。
ムカラの家が、村の中心地から離れているからだけではなかったのだ。
行商人(男性、四十歳くらい?)とはスワヒリ語で話す。
通信機器を用立てすることはできないと言うので、(商売ができなくなるからだろうか)とりあえず次に来る時には紙とインクを持ってきてもらえるよう依頼した。
これで紙漉きをする必要がなくなった。
村からの脱出も、全くの不可能ではないことが分かり、今までよりは幾分安心もした。
行商人からアファアファの孫の病気に効きそうな薬を買う。
行商人とナリアの出発までまだ間があることを確認して家に戻り、とりあえず息災であり、すぐには帰れそうもないことを伝えるだけの手紙を拵えた。
横浜の秀の実家の住所だけ覚えていたので、秀宛てに整えて金とともに行商人に預けた。
これは届けば幸運と思うべきだろう。
残りの時間で、これまでイバダやアファアファと話していて、どうしても意味の取りにくい言葉について、ナリアにいくらか訊ねることができた。
ムカラが夜のあの時、俺に囁く言葉については、ナリアには聞きにくかったのでやめた。
許嫁だったのだから、ムカラが昼間、何をしているのか知っていたのかもしれないが、それは聞きそびれてしまった。
話しかける甲斐は全くないわけではないそうなので、折を見てムカラに直接聞いてみようと思う。
つづく
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