たいいくのひ
since November 22th 2012
【121】ドックの結末
いい夫婦の日。
サイト7周年になりました。
いつもありがとうございます!
いい夫婦?な緑青。
**********
征士と当麻が暮らすマンションに、その日届いた数通のダイレクトメールの中に、一際目立つ大きくて薄い封筒が二通。
「征士。ドックの結果、来てるぞ」
当麻は宛名を確かめながら、そのうちの一通を征士に手渡した。
同じ病院から同じ日に二人に結果が送られてくるのは、同じ病院で同じ日に検査を受けたから。
征士が職場の福利厚生で受ける人間ドックに、当麻の分も足して申し込む。
当麻はフリーのライターを主な職業としており、健康管理は完全に自分でしなくてはならない。
年に一度の人間ドックは断る理由もないので、ここ数年、当麻は征士に誘われるがまま一緒に行っているのだった。
「あ。俺、体重増えてる」
小引出しからペーパーナイフを取り出して、さっそく中をあらためた当麻が呟く。
「どれだけ増えた?」
まだ封を切らない自分の封筒をテーブルに置き、征士が尋ねる。
「五百グラムだけどなぁ。一昨年から順調に一キロ増えてる。ヤバイな」
「見せてみろ」
当麻が見ているプラスチックの薄いファイルに綴じられた検診結果に、征士が手を伸ばす。
当麻は征士にそれを見せながら、自分の頭のてっぺんをポリポリと搔く。
「背は伸びないのになぁ」
「これ以上伸びてたまるか」
出会った頃はたしかに自分の方がいくぶん背が高かったはずなのに、いつのまにか当麻に抜かされてしまったことに密かにコンプレックスを抱いている征士は、差し出されたファイルをひったくるように取り上げる。
そして、
「ほら、見てみろ」
数値の書き込まれた表を指して、当麻に見せる。
「内臓脂肪率は変わらないし、体脂肪率はむしろ下がっている。また弓を引き始めた効果が出ているんじゃないか」
「え?」
当麻は右の二の腕を自分で触って感触を確かめる。
「……確かに筋肉がついたかもしれん。なるほどな」
「気がついていなかったのか? 智将殿が。己の身体への関心が足りんようだな」
「お前、気づいていたのか?」
一年で、たったの五百グラム。
そのくらいの増減は、毎日顔を合わせる間柄なら、なおのこと気が付かないものだ。
「無論だ。私の方がお前より、よほどお前の身体をよく見ているし、丹念に触っているからな」
ふふん、と征士が高い鼻をより高くする。
「えっち」
軽口を叩きながら、当麻は放り出されていた征士のもう一冊を封筒から出して、どれどれと二人一緒に眺める。
「さすがだなぁ」
「ふん」
過去二年間のデータで、体重がまったく変わらないのは、日頃の節制の賜物だろう。
ところが。
「おい征士、お前ここ、再検査じゃないか」
驚いた征士は、当麻の指さすところを見て、眉をしかめる。
「何!?」
「ほら。ちょっと待てよ……。こっちに予約方法が載っている。大腸内視鏡だと。予約しておけよ」
さほど心配する様子も見せずに、同封された別紙をヒラヒラさせながらそんなことを言う当麻の気楽さとは逆に、征士の眉間のシワはさらに深まっていく。
「どうした。結果が心配か?、まぁ、再検査なんて、やってみればたいがい何ともないもんだ」
「……遠慮する」
「はぁ!?」
意外な征士の反応に、当麻は素っ頓狂な声を上げた。
身体のメンテナンスには、人一倍熱心そうであるのに。
「検査はしない。私は大丈夫だ」
「……何だよ。内視鏡か? お前、胃カメラ平気じゃないか。大腸だって似たようなものだろう」
「絶対に嫌だ。無理だ。考えられん」
そう言い放ち、征士は目も口も閉じて被りを振る。
「……怖いのかぁ?」
当麻はニヤニヤしながら征士の顔を覗き込む。
「職場では鬼の伊達征士も、内視鏡の前ではカタナシってか」
当麻はもちろん、検査を受けさせようと、征士を挑発しているのである。
渋面を極めながら征士は何事か考えていたが、めぐらせた自分の考えに軽く頷いてから、当麻の目を真っ直ぐに見て、こう言った。
「尻は出口だ。ものを入れるところではない」
当麻はあんぐりと口を開ける。
「それ、お前が俺に言うか」
三日と開けず、しょっちゅう人のケツから出入りしてるくせに。
あけすけな続きは、心の中で。
「怖くはない。しかし嫌なものは嫌なのだ」
「ふぅん……」
当麻は軽くその項目以外にも目を通し、征士の健康に異常がないことを確認すると、どすんとソファに腰掛けた。
そして頑ななパートナーに、片目をつぶって見せる。
「じゃあ、お前が大腸内視鏡検査を受けるまで、俺の尻にも指一本、入れさせないからな」
「なっ……」
思いもよらぬ報復に、征士は言葉を失って当麻を睨みつける。
当の当麻は、どこ吹く風。
「いつ取れるんだろうなぁ、予約。明日電話して、今週中に入れられるといいな。あ、予約の話、な」
ニシシと笑う当麻の隣に、征士は腰掛ける。
「……では取引だ」
「ん?」
「大腸内視鏡検査を受けたら、アレを試させてもらう」
「アレぇ!?」
今度は当麻の眉間にシワが寄る。
先月のこと。
征士が職場の先輩から、お遊びでもらってきたオトナの玩具。
当麻は持ちかけられたソレの使用を、間髪入れずに断っていた。
「あれは捨てただろ!」
「捨ててはいないだろう?」
今度は征士がニヤつくターン。
知っているのだ。
征士が泊まりの出張に出かけている間に、当麻がそれを捨てた振りをして、どこかにしまい込んだことを。
「検査は受ける。お前が約束さえしてくれればな」
「何だか違う気がするがなぁ……」
これ以上、都合の悪い言葉が出てこないように、征士は当麻の口に、唇でそっと蓋をする。
「……お互い、今後も健康には気をつけることにしよう」
それで征士が検査を受けるなら。
ついそんなふうに考えてしまう自分は、やはり征士にイカれているのだと、当麻は妙に納得する。
返事の代わりに、今度は当麻から唇を寄せた。
おわり
サイト7周年になりました。
いつもありがとうございます!
いい夫婦?な緑青。
**********
征士と当麻が暮らすマンションに、その日届いた数通のダイレクトメールの中に、一際目立つ大きくて薄い封筒が二通。
「征士。ドックの結果、来てるぞ」
当麻は宛名を確かめながら、そのうちの一通を征士に手渡した。
同じ病院から同じ日に二人に結果が送られてくるのは、同じ病院で同じ日に検査を受けたから。
征士が職場の福利厚生で受ける人間ドックに、当麻の分も足して申し込む。
当麻はフリーのライターを主な職業としており、健康管理は完全に自分でしなくてはならない。
年に一度の人間ドックは断る理由もないので、ここ数年、当麻は征士に誘われるがまま一緒に行っているのだった。
「あ。俺、体重増えてる」
小引出しからペーパーナイフを取り出して、さっそく中をあらためた当麻が呟く。
「どれだけ増えた?」
まだ封を切らない自分の封筒をテーブルに置き、征士が尋ねる。
「五百グラムだけどなぁ。一昨年から順調に一キロ増えてる。ヤバイな」
「見せてみろ」
当麻が見ているプラスチックの薄いファイルに綴じられた検診結果に、征士が手を伸ばす。
当麻は征士にそれを見せながら、自分の頭のてっぺんをポリポリと搔く。
「背は伸びないのになぁ」
「これ以上伸びてたまるか」
出会った頃はたしかに自分の方がいくぶん背が高かったはずなのに、いつのまにか当麻に抜かされてしまったことに密かにコンプレックスを抱いている征士は、差し出されたファイルをひったくるように取り上げる。
そして、
「ほら、見てみろ」
数値の書き込まれた表を指して、当麻に見せる。
「内臓脂肪率は変わらないし、体脂肪率はむしろ下がっている。また弓を引き始めた効果が出ているんじゃないか」
「え?」
当麻は右の二の腕を自分で触って感触を確かめる。
「……確かに筋肉がついたかもしれん。なるほどな」
「気がついていなかったのか? 智将殿が。己の身体への関心が足りんようだな」
「お前、気づいていたのか?」
一年で、たったの五百グラム。
そのくらいの増減は、毎日顔を合わせる間柄なら、なおのこと気が付かないものだ。
「無論だ。私の方がお前より、よほどお前の身体をよく見ているし、丹念に触っているからな」
ふふん、と征士が高い鼻をより高くする。
「えっち」
軽口を叩きながら、当麻は放り出されていた征士のもう一冊を封筒から出して、どれどれと二人一緒に眺める。
「さすがだなぁ」
「ふん」
過去二年間のデータで、体重がまったく変わらないのは、日頃の節制の賜物だろう。
ところが。
「おい征士、お前ここ、再検査じゃないか」
驚いた征士は、当麻の指さすところを見て、眉をしかめる。
「何!?」
「ほら。ちょっと待てよ……。こっちに予約方法が載っている。大腸内視鏡だと。予約しておけよ」
さほど心配する様子も見せずに、同封された別紙をヒラヒラさせながらそんなことを言う当麻の気楽さとは逆に、征士の眉間のシワはさらに深まっていく。
「どうした。結果が心配か?、まぁ、再検査なんて、やってみればたいがい何ともないもんだ」
「……遠慮する」
「はぁ!?」
意外な征士の反応に、当麻は素っ頓狂な声を上げた。
身体のメンテナンスには、人一倍熱心そうであるのに。
「検査はしない。私は大丈夫だ」
「……何だよ。内視鏡か? お前、胃カメラ平気じゃないか。大腸だって似たようなものだろう」
「絶対に嫌だ。無理だ。考えられん」
そう言い放ち、征士は目も口も閉じて被りを振る。
「……怖いのかぁ?」
当麻はニヤニヤしながら征士の顔を覗き込む。
「職場では鬼の伊達征士も、内視鏡の前ではカタナシってか」
当麻はもちろん、検査を受けさせようと、征士を挑発しているのである。
渋面を極めながら征士は何事か考えていたが、めぐらせた自分の考えに軽く頷いてから、当麻の目を真っ直ぐに見て、こう言った。
「尻は出口だ。ものを入れるところではない」
当麻はあんぐりと口を開ける。
「それ、お前が俺に言うか」
三日と開けず、しょっちゅう人のケツから出入りしてるくせに。
あけすけな続きは、心の中で。
「怖くはない。しかし嫌なものは嫌なのだ」
「ふぅん……」
当麻は軽くその項目以外にも目を通し、征士の健康に異常がないことを確認すると、どすんとソファに腰掛けた。
そして頑ななパートナーに、片目をつぶって見せる。
「じゃあ、お前が大腸内視鏡検査を受けるまで、俺の尻にも指一本、入れさせないからな」
「なっ……」
思いもよらぬ報復に、征士は言葉を失って当麻を睨みつける。
当の当麻は、どこ吹く風。
「いつ取れるんだろうなぁ、予約。明日電話して、今週中に入れられるといいな。あ、予約の話、な」
ニシシと笑う当麻の隣に、征士は腰掛ける。
「……では取引だ」
「ん?」
「大腸内視鏡検査を受けたら、アレを試させてもらう」
「アレぇ!?」
今度は当麻の眉間にシワが寄る。
先月のこと。
征士が職場の先輩から、お遊びでもらってきたオトナの玩具。
当麻は持ちかけられたソレの使用を、間髪入れずに断っていた。
「あれは捨てただろ!」
「捨ててはいないだろう?」
今度は征士がニヤつくターン。
知っているのだ。
征士が泊まりの出張に出かけている間に、当麻がそれを捨てた振りをして、どこかにしまい込んだことを。
「検査は受ける。お前が約束さえしてくれればな」
「何だか違う気がするがなぁ……」
これ以上、都合の悪い言葉が出てこないように、征士は当麻の口に、唇でそっと蓋をする。
「……お互い、今後も健康には気をつけることにしよう」
それで征士が検査を受けるなら。
ついそんなふうに考えてしまう自分は、やはり征士にイカれているのだと、当麻は妙に納得する。
返事の代わりに、今度は当麻から唇を寄せた。
おわり
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