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【119】留金

Twitterのつぶやきから生まれた、緑と青。




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当麻の制服の、小さな留金を縫い付けている糸がほつれてしまった。

「針箱はあるにはあるが。ナスティが戻ってくるまで、どうしようもないな」

リビングのサイドボードにそっと納められている、ナスティの裁縫箱を見ながら征士がため息をついた。
今夜は部活の合宿やら、泊まりの出張やらが重なって、広い柳生邸には当麻と征士の二人だけがとり残されている。

「どうしようもなくはないだろう、これくらい」

当麻は立ち上がり、扉をパタンと開けて、桃色の水玉模様の布で包まれた、裁縫箱を取り出した。

「慣れないことをするものではないぞ。明日一日、待てないことはなかろう」

当麻の行動を強がりと捉えた征士は、その整った眉を寄せる。

「まぁ、見ていなさいって」

当麻はそんな征士に向かって片目を瞑って見せると、裁縫箱の包みを解いて、針と糸とを取り出した。

「これはな、こうやって付けるんだ」

征士が見たこともないような技(だと、征士は思った)で、当麻は器用に小さな小さな留金を、制服の縁に縫い付けていく。
しばらくは言葉もなく、二人の視線は針と糸と、当麻の指先に集中した。

外は、雨。
優しい夜の闇に、静かに糸を引いて水玉の落ちる音。

ひとつの穴をかがり終えたところで、当麻は一息つく。
征士は今度は、その吐息の出口に視線を移した。

「大したものだ」

「だろう? 俺はさ、何でもできるんだよ」

征士の見つめる当麻の唇が少し笑い、また指先が仕事をはじめる。

「俺は何でもできる。だから母さんや父さんが家にいなくても平気なんだって。思い込もうとしていたところもあるな、今思えば」

何度か耳にしたことがある、当麻の家の事情。
一人っ子で、不在がちな両親は、当麻が六年生のときに離婚したと聞いた。

「そうか」

どう返していいかわからず、征士は糸の始末をする当麻の手をじっと見ている。

「健気だろう? 惚れてもいいぞ」

当麻の軽口に、征士ははっとした。
征士のモヤモヤしていた気持ちがストンと一つところに収まる。
あらためて当麻を眺めながら、まるで独り言のようにこう言った。

「それなら心配には及ばん。もう惚れているからな」

「……え?」

驚いて征士を見た当麻の、ポカンと開いた口元に、唇を寄せて、重ねる。
雨音のせいだろうか。
こんなことは初めてなのに、征士はひどく落ち着いていた。

優しく何度かついばんで、離れる。

「……本気か?」

当麻は手に糸切りばさみを持ったまま、唖然としている。
もう一度口づけて舌でも入れれば、切られるだろうか。

否。

征士にはわかる。
当麻だって、嫌ではなかったはずだ。

「どうやら、本気のようだ」

当麻の心臓の鼓動が、今思いついたかのように早くなる。
雨音もそれに合わせて、少しだけ強くなる。この後の二人を、包み隠すように。


おわり



***
惚れてもいいぞ? の後の、征士さんの台詞はわかばさん作。
ありがとうございます。
いつも楽しいです。
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