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水の底

水青です。
これはずいぶん前に、プライベッターでお披露目したかな?
暗めな話です。


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「そうそう。養子をとることになったんだ」

他愛もないいつものやりとりに続いたその一言で、当麻は一瞬にして自分の体温が下がったのを感じた。

「って言っても、姉さんの子の籍を移してくるだけなんだけどね。生活自体は何も変わらないんだよ。ほら、この前二十歳になったって言った甥っ子で……」

スマホからはいつもと変わらない、穏やかで優しい伸の声が続く。
しかしそんな言葉は、もう当麻の頭の中にはうまく入らずに、サラサラと流れてどこかへ散っていく。

『大丈夫ダ、何モ変ワラナイ、大丈夫ダ、何モ……』

当麻は自分に言い聞かせる。

もう二十年以上の年月、当麻は東京で、伸は萩で、それぞれの生活を送っている。
お互い結婚はしていないが、平成生まれにもアラサーが現れつつあるこのご時世、そんなに珍しいことではない。

当麻が仕事で大阪に行くときに落ち合ったり、伸が上京したり、時には当麻が萩の近くまで出向いたり。
そうやってささやかな二人の時間を積み上げてきた。

何も悪いことはしていない。
ただ好きだと思う相手が、互いに男だったというだけのことなのだ。

「僕の家のことは、当麻には関係ないよ。それに、女の当麻なんて僕は御免だね」

伸は笑う。
なのにこんな時、どうしたって当麻は自分がこの世に生まれてきたことを呪わずにはいられない。

伸が結婚して跡取りを作ってこそ、あの家には普通の幸せがあったのだ。
それを踏みにじっているのは、自分の存在だと。

そして、そんな犠牲の上に成り立っている自分の幸せは、いつか消えるのだと。

「当麻、聞いてる?」

「ああ」

そんなこと、わざわざ電話で知らせなくても、今度会ったときに話してくれれば良かったのに。
そんな文句も出そうになるが、黙っていた期間が後々闇に変わることを心配したのだともわかるから、当麻はそこにはもう触れはしない。

「それから、当麻のあれ、どうなった?」

「あれって?」

「仕事のさ。ほら、この前うまくいきそうだって言ってじゃないか」

「ああ、今日な。お陰でうまくいった。電話しようかと思っていたところだったんだ」

「お陰なんて。僕は何もしてないだろ」

「いつも言っているだろう。いいことは、全部伸のお陰なんだ」

「何だろうねぇ」

伸は、また笑う。
水が流れだし、当麻はようやく息ができるのを感じた。

次に会う約束を確認して、スマホの画面の赤い受話器マークに触れる。
部屋の明かりを消して、当麻はベッドに転がり込む。
そしてもう一度、自分が息をしていることを確かめた。



おわり
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