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【118】とある春のできごと

記憶喪失ものです。
Twitterで連載していたのを、転載。
私の作るものでは珍しく遼ちゃんが活躍。
8月なのでね。

一応R18です。


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**********


「征士?」

耳を疑った。
当麻が交通事故で頭を打ち、記憶障害を起こした。
数日の入院で身体の治療は済んだが、一人暮らしのアパートにそのまま返すわけにはいかない。
僕の家に連れて帰るか。
そう考えていた矢先。

「当麻は私の恋人だ。私の家に連れて帰る」

突然の征士の発言に、僕と秀は顔を見合わせた。





伸と秀が異議を唱えなかったことにも驚いたが、一番意外だったのは当麻が「そうか」と一言で、素直に私についてきたことだ。

マンションのドアを開けて促すと当麻はおずおずと先に入り、まるで初めて来たかのように中を覗き込んだ。
私は後ろ手にロックをかけると、そのまま後ろから、当麻を抱きしめた。





されるがままの肩を返して、正面から口づける。
一瞬のためらいを突いて薄い唇の狭間に舌を差し入れれば、それも拒まれることなくするりと受け入れられた。

「嫌ではないのか」

そっと距離をとり、深い宙の底のような瞳を覗く。

「恋人……なんだろう?」

声音からも表情からも、当麻の感情は読めなかった。





征士が当麻を連れてタクシーに乗り込み、行ってしまった。
俺は黙って伸の手を引っ張って、病院の入口脇にあるカフェに陣取る。

「どうなってるんだ?あれ」

「僕に聞くなよ」

どうやら伸も腑に落ちないらしい。

「征士の奴はよ、」

と言いかけてコーヒーをすすれば、

「当麻のこと、好きだったよね。多分」





当麻に寄せる征士の想い。
それは今までお互いに確認したことはなかったけど、暗黙の了解だったんだ。

「んじゃ、当麻もかぁ?」

秀の問いに、今度は首を横に振る。

「だよなぁ……。俺も征士に勝ちはねぇなと思ってたんだよ」

ため息をついた秀と一緒に、大して美味しくもないコーヒーを、喉に流し込んだ。





『はい。……羽柴です』

自分の名前にまだ慣れないのか。
自信のない当麻なんて、帆のないヨットより張り合いがねぇなとため息が出かかる。

「俺だ。秀だ。征士んち、着いたか」

『ああ。心配かけてすまない』

「その……大丈夫か?」

『大丈夫も何も、変わりはない』

「そうか」

それ以上は何も聞けなかった。





『実は、そうだったのだ。お前たちには伝えそびれていて、申し訳なかったが』

恋人、について訊いてみれば、案の定そんな答えが返ってきた。

「そう……。正直、驚いたよ」

『だろうな。……悪い。夕飯を作っている最中だ。切るぞ』

電話は切れた。
どうしていいのか見当もつかず、大きな溜息だけが漏れた。





フライパンを煽る背中に視線を感じる。

「何か思い出したか」

「いや……」

歯切れの悪い返事に振り返れば、当麻はやはり、こちらをじっと見つめていた。
何かを気取られぬよう、視線を外す。

「何か手伝えることはないか?」

当麻らしくない殊勝な申し出に、まだ元の当麻ではないことを感じ安堵する。





「いや。退院してくるだけでも体力を使ったはずだ。ゆっくり座っているといい」

何気ない日常の動きが記憶を揺り戻すと聞いたから。
だから当麻の日常そのものである自宅には帰さず、ここに連れ込んだ。
礼の心が聞いて呆れる。
浅はかで姑息な手段に反吐が出そうだ。
しかし、せめて今宵だけでも、このままでいてほしかった。





作ってもらった飯で腹を満たし、風呂に入る。
事故で身体中にできた痣や擦過傷は痛々しいが、もう湯がしみないほどにはなっていた。
湯船の中、一人静かに膝を抱える。

「恋人……か」

背中から包まれた温かさ。
濡れた指先で唇をそっと辿れば、あの口づけの感触が蘇る。

「……大丈夫だ」

小さく独りごちた。





バスタオルを腰に巻いただけで寝室に入った私に、当麻は少し驚いた顔をした。

「裸で寝るのが習慣だ。思い出さないか」

嘯く私に当麻は

「残念ながら」

と苦笑した。
当麻はTシャツにトランクス姿で、私のベッドに腰掛けている。

「布団を隣に敷く必要があるか?」

当麻からの視線を逸らさずに、私は言った。





恋人、恋人、恋人……。
空っぽにした頭の中で、そう唱える。

征士と俺とは恋人同士なのだ。
これは恋人となら、当たり前の行為。
怯むことも、怖気付くこともない。

そう自分に言い聞かせる。

「いつもと同じでいい」

目の前に立つ男に負けてしまわないように。
背中を伸ばし、俺は真っ直ぐに征士を見上げた。





焦るな、焦るなと迅る心を宥めながら口づける。
今少し、あと少しだけ、当麻の記憶が戻らぬようにと祈りながら。
当麻の腕が私の背に回り、誘われるように二人、横たわる。
腕で身体を支えて顔を覗けば、熱に潤む瞳はやはり真っ直ぐに私を見ている。

「お前を信じているからな」

当麻の声が、そう聞こえた。





「ぅあ、……ああ、あ」

そそり立つペニスを擦り上げると溢れ出す雫を指に塗して当麻の中を弄れば、押し殺しきれない艶声がとめどなく零れ落ちる。

『無理だ征士。忘れてくれ。男と恋愛など考えられん』

何も聞かなかったことにしたい。
同じ口からそんな言葉を聞いたのが、つい半月前のことだというのに。





「当麻……愛している……」

今、ここだけの夢。
傷跡の生々しい身体に夢中で舌を這わせる。

「俺……も」

浅く早い呼吸の合間に、切れ切れになった言葉が続く。

「俺も……好き、だ。征士」

思いがけない台詞。

「記憶が……?」

戻ったのだろうか。
しかし、当麻は私のことなど、何とも思っていない筈なのだ。





「何も、思い出さない。だが」

当麻の言葉を聞くために止めた右手を、当麻の指が撫でさすり続きを催促する。
誘われるままにまた扱き上げれば身体は弓なりにビクビクと反って、確かに感じていると素直に伝える。

「病院で……目覚めて、初めてお前の顔を見たとき、俺の、心臓が……お前を、選んだん、だ」





真っ黒に塗り潰された絶望に射した想像を超えた喜びは、過去も未来もない「今」だけに存在する狂った闇を更に深くする。

これは本当に、私の愛する当麻なのか。
否、当麻に違いはない。
そして確かに私を愛していると言っているのだ。

「指なんか突っ込んでないで、早くやろうぜ。頼むよ、いつもみたいに」





本当は既に挿し込まれた二本の指だけでも、身体は悲鳴を上げているのに。
一世一代の強がりに今、征士の暴走する欲の塊が俺を貫いていく。

俺が心から欲しかったもの。鮮やかすぎる光。
手に入れてはいけない虹。
押し入る圧倒的な質量に息もできない。

これでいい。
これも綺麗に、忘れてしまえばいいのだ。





指を絡ませて、征士の手を固く握る。

「なぁ……」

せがめばすぐに与えられる口づけ。
一瞬たりとも離れないように。
もう二回果てた征士はそれでもまだ俺の中にいて、熱を保ったまま時折強く肚を突き上げる。

「征士」

その名を口にすれば、征士は俺の目元にそっと唇を寄せる。
いつのまにか涙が流れていた。





眠っている当麻を置いて、狭いシングルベッドをそっと抜け出す。
日が高いと思えば、時刻は既に九時をまわっていた。
べたつく身体をシャワーで流して部屋に戻ると、当麻がちょうど目を覚ましたところだった。
背中に緊張が走る。
もし当麻の記憶が戻ってしまっていたら。
その途端に何もかもが終わるのだ。





当麻は色のない目で私を見て、それから照れたように微笑んだ。
私は図々しくほっと胸をなでおろす。

しかしいつまでもここに閉じ込めておくわけにはいかない。
そして、いつまでもこの幸せが続いてくとも、私は考えてはいなかった。

記憶は、戻してやらなくては。
それが私の地獄へ繋がっているのだとしても。





島からの一日置きの定期便が羽田に着くと、俺はすぐ当麻のアパートへと愛車のポンコツを飛ばす。

事故の怪我は大したことがないというが、俺たちのことを覚えていないのだと、電話で伸はとても心配していた。
昨日退院して征士のマンションに泊まり、今日の昼過ぎには当麻のアパートに戻っているらしい。





「当麻!」

アパートのドアを開けると、入ってすぐのダイニングには征士だけがいた。

「……大丈夫か?」

「ああ。当麻は眠っている。疲れているようだが、それだけだ」

「そうじゃない。征士、お前……」

「私?」

そう。
当麻を気遣う以前に、そこにいた征士の見たこともない不安そうな顔が気になったんだ。





俺たちは今まで嫌というほど恐怖と戦ってきた。
不安な気持ちを寄せ合ったことだって数えきれない。
でも、征士のこんな怯えた顔は初めてだった。

「何だか、征士じゃないみたいだ。うまく言えないけど。何があったんだ?」

征士は長い睫毛を伏せ、これも征士らしくなく、しばらく話すのをためらっていた。





これで終わりにする。
この手に抱いただけでなく、恋人だなどという真っ赤な嘘の産物で『好きだ』などと思いも寄らない言葉ももらった。
あの思い出だけで私はもう充分に幸せだ。

「……許されないことをしてしまった」

身も心も、当麻を酷く傷つけた。遼にも、伸と秀にも、私は頭を下げるべきであろう。





「そうか……。で、当麻の記憶が戻ったら、征士はどうするつもりなんだ?」

征士がこんなにも激しい、やり場のない思いを抱えていたことに、気づいてやれていなかった自分が悔やまれた。

「元の通りの友人で、というわけにはいかんだろう。お前達には申し訳ないが」

何か、俺にできることがないだろうか。





「じゃあもし、当麻の記憶が戻らなかったら?」

遼の問いに私は顔を上げ、初めて目を合わせた。
当麻が今のまま、過去のことを一切思い出さなかったなら。
私の恋人であると、そう思い込んで今後の人生を歩むのだとしたら。

「そうだな。……それでもやはり私は、当麻に本当のことを話さなくてはならない」





「そこまで覚悟しているなら、友達でいてくれるように、諦めずに頭を下げてみろよ。これで五人揃って集まれなくなるなんて、寂しいだろ」

遼はそう言って、私に手を差し出した。
おずおずとその手に触れれば、力強く握ってくれる。

「一緒に謝ってやるから」

その時。
ゆっくりと、当麻の寝室の扉が開いた。





「遼!」

当麻は俺が征士の手を握っているのを見て、一言小さくそう呟いた。
心の中で何かが繋り、じんわりと熱を発する。

「当麻。元気そうでよかった」

そう言葉をかければ、仕方なさそうに笑う。

なんだ。
そうだったのか。

「征士が話があるそうだ。でも当麻。お前からも何か言いたいことがありそうだな」





真っ直ぐな遼の瞳が俺の、俺自身にも計り知れない奥底まで射抜く。

「遼には、敵わないな」

征士と遼が向かい合って座るテーブルに、俺もついた。

「どっちの嘘つきが、先に頭を下げるんだ?」

遼が大らかないつもの調子でそう言うと、

「どっちも嘘つきだと?」

征士が驚いた顔で俺を見る。

「そうだ、征士」





「記憶はとっくに戻っていた。戻らない振りをして心配をかけて、すまなかった」

俺は頭を下げる。

「いつ……からだ」

征士が動揺するのももっともだ。

「しばらくは行きつ戻りつしてはいたんだがな。はっきりとしたのは、お前が病院で、俺とお前が恋人だと言ったときだ」

「なんだと!?」

俺は話を続けた。





「『記憶がまだ戻っていない』俺がお前についた嘘は、それだけだ」

そう言って当麻は、少し恥ずかしそうに視線を泳がせた。

「では……」

あまりのことに声がかすれる。
私は幾度か咳払いをした。

「あの時、私のことを好きだと言ったのは……」

「それは、本当だってことだな」

当麻の代わりに、遼が引き取る。





(もっと続きがあるだろ!)

視線で促せば、当麻は頰を赤らめて、やっと言葉を繋ぐ。

「まだ記憶が混乱していたとき、俺の記憶にないお前が見舞いにきた。でもその時すぐに『こいつは俺の大切な奴だ』って感じたんだ。その後、記憶が戻ってきてな。だが、お前が恋人だなんて言い出したから、それに乗った」




あまりのことに言葉もなかった。
昨日から死ぬ思いで突き通してきた嘘は、ついた瞬間から既に嘘だとバレていたのだ。

「それでどうするつもりだったんだ?」

遼が問う。

「一度でよかった。征士と通じ合うことができたなら、記憶が戻った振りをして、それまでのことをまた、忘れたことにすればいいってな」





「よかったな、征士」

遼の言葉が頭の上を滑っていく。
それも多分すべて悟られていて、遼は私を見て笑っている。

「……征士」

今度は当麻が私の名前を呼んでいる。
わずかでも心が落ち着くように、私は唾と息とを飲み込んだ。

「でもわかった。やっぱり、俺はお前を手放すことはできない。……好きなんだ」





昨夜の征士との行為が生々しく思い出されてきて、いたたまれなさが押し寄せる。

遼がいるというのに。
しかし、遼がいるからこそ、こんなことを素直にさらけ出すことができたのだと、ありがたく思う。

「俺の話は終わりだ」

「征士は?まだ何かあるのか?」

呆けて見える征士を、遼が覗き込んでそう尋ねた。




「いや、その、なんだ。……申し訳なかった。が、えー……」

しどろもどろになった征士なんて、初めて見たかもしれない。
それだけでも、車を飛ばしてきた甲斐があったというものだ。

「結局、征士の嘘は、嘘じゃなかったんだよな」

な?と当麻の顔を見れば、当麻は照れた顔で、違いないと苦笑いしている。





「じゃ、後は二人で、何とかしてくれよな!」

そう言い残し手を振って、居心地の悪そうな二人を置いて当麻のアパートを出る。

さて、伸と秀に連絡してやらないと。
それとも二人を集めて話をしに行こうかな。
車に乗り込んでエンジンをかける。窓を開ければ、少し埃っぽい東京の春の空気が舞い込んできた。






end
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