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【102-07】伊達副操縦士と羽柴管制官 その7

続きです。
これと、あと一話で終わります。



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**********

T-5

成田に着くとまっすぐに、職員のエントランスに向かう。
大きなスーツケースを引いた客室乗務員らしき女性が数名、楽しげに喋りながら通り過ぎていく。

少し離れた大きな柱にもたれて建物の中を眺めながら、数十分待っただろうか。
もしかすると、他の出口から出ていってしまったのかもしれない。
そんな可能性も頭をよぎる。
どうしても捕まえたければ、ケータイに電話をすればいい。
わかってはいるが、それもためらわれた。
とにかく会って、顔を見て、話したかった。

警備員が時折ちらりと俺を見ている。
客室乗務員を待ち伏せする不審者かと、疑われているだろうか。
これ以上ここにいるのは得策ではないかもしれない。
どうするか。
考えを巡らせはじめたとき、ようやく征士が、同僚らしき男と並んで出てきた。

「当麻」

俺に気づいて足を止めた征士が、露骨に嫌な顔をしなかったことに、まずはホッとする。

一緒だった男が俺を見てから征士を見ると、征士が一つ頷いて微笑んだ。
チリ、と胸のすみっこが疼く。
ああ。
一度気づいてしまえば、こんなにも、 わかりやすかったのに。

「じゃ。お疲れさん」

「お疲れ様でした」

軽く礼をして見送る征士の様子を見ると、一緒にフライトした機長なのだろうか。
男はまるで知り合いのように、俺に親しげな会釈をしていったので、慌てて俺も頭を下げた。

「おかえり。マドリードはどうだった?」

「当麻、お前、なぜ私のフライトスケジュールを知っているのだ」

「うん。まぁ、あの……疲れてるところ悪いんだが、時間、とれるか。話したいことがあるんだ」

征士は二、三、瞬きをしてから、穏やかな笑顔を作る。
綺麗だ、と思う。
俺に向けられるこんな顔も、もしかするとこれが最後かもしれない。
自分の愚かさと寂しさを、また噛みしめる。

「もちろん。……一緒に私の家まで来てくれるとありがたいが、どうだ」

どこかその辺りの外でと考えていたので戸惑ったが、断る理由も見当たらない。
今の征士の住まいに行くのは初めてだった。

「わかった」

運転手が征士の荷物をトランクに積み、タクシーは走り出した。

「なぜ今、成田だとわかった?」

二度目の同じ質問に、仕方なく俺は答える。

「彼女がお前んとこの客室乗務員だって言っただろう。調べてくれたんだ」

征士の肩が、少し緊張したのがわかる。

「話は、お前の家に着いてからでいいか。そんなに遠くないんだろ」

「ああ」

一週間前に福岡で別れた日と変わらない、当たり障りのない話をしながら、三十分もかからず、車は征士のマンションに静かに横付けされた。

「最寄駅はどの辺り?」

「心配するな。帰りは私が車で送る」

そんな雰囲気で話が終わるとは到底思えなかったが、人里離れているわけではない。
いざとなったら、どうにかなるだろう。
そんなことを考えながら、征士の後についてエレベーターに乗り込んだ。

「いいとこに住んでるな。さすが大手のパイロット。しかも毎日タクシー通勤だもんな」

「お前もパイロットになればいい。お前なら今からだって目指せるだろう」

「俺は管制が好きなんだよ」

一人暮らしにはもったいない広さのマンションには、あまり生活の臭いがない。
征士は旅の荷物を部屋の隅に置くと、お湯を沸かしにキッチンに入った。

「相変わらず、ちゃんと片付けてるんだな」

小田原で同じ部屋に寝起きしていた頃のことを思い出す。
あの頃はまだ、こんな気持ちじゃなかったと思うんだが。
それもやはり、気づいていなかっただけなんだろうか。
俺は一体いつから……。

「話とは?」

征士は緑茶のいい香りの立ったカップを二つ、テーブルに置いた。

「許されるとは思ってないが、謝りたいんだ。その…….」

「当麻。聞くから、まずは座ってくれ。許さなくてはならないようなことをされた覚えはないが」

征士は俺の言葉をさえぎって椅子に腰をかけ、俺にも対面に座るよう仕草で促した。
せっかくの覚悟を削がれて、俺は勧められるまま座ると、仕方なく一口茶を啜る。

「で?」

向かいから、まっすぐに俺を見る征士の眼差し。
怒っているのか呆れているのか、俺にはわからない。
再び、ギュッと腹をくくる。

「えー、その、あんなに、あの……何度もキスをするような間柄だったにもかかわらず、別に女と付き合っていたこと。本当に、申し訳なかった」

俺はテーブルに着きそうなくらい、頭を下げた。

「二股男は最低だと、彼女にも怒られました」

「……そんなことまで彼女に話したのか」

「……ああ。お前との今までのことは、全部話した」

それでもやはり、鎧云々のところは何となくごまかしながらだったが。
先日のあれこれを思い出しながら、顔を上げる。

「……信頼しているのだな」

「彼女は俺よりもよく俺のことがわかる。一緒にいてホッとできて、居心地がいい。そうだな、ナスティに似ているかもしれない」

「そうか」

「だから甘えてた。本当に、彼女にも悪いことをした」

征士はこれといって顔色を変えずに、自分のマグカップから茶を飲んだ。

「私が勝手に勘違いしていたのだ。私のことは気にするな。お前が彼女と幸せなら、私はそれでいい」

あんなに想いを寄せてくれていたのに。
こんなことを言わせてしまうのは、明らかに俺の罪だ。
自分の不甲斐なさに、唇を噛む。

「気にしないでいられれば、苦労はしないんだ」

征士とのこと、洗いざらい全部話して、出た結論。

『要するに当麻、あなた伊達征士のこと、愛してるんじゃないの』

「成田の伊達征士はどんな女にもなびかない、硬派で孤高の美形で福岡の職員の間でも有名なんだと。なびかないのはホモだったからかと、妙に納得していた。二股かけられてたと思うと腹も立つが、そういう事情ならどうしようもないと、呆れていた。
早く会って頭下げて自分の気持ち伝えてこいって。
で。ほら、征士のフライトがマドリードだって調べてくれて。
……征士」

背筋を正し、俺も征士をまっすぐに見つめた。

「もう、呆れられてしまったと思うが、これだけは言っておきたくて来た。……俺は、征士が好きだ」

言った。

征士の目が丸くなる。
俺はたたみ掛けるように、言葉をつなげた。

「これだけお前の気持ちを踏みにじっておいて、今更だと思うだろう。今になってまだ応えてもらえるとは思っていない。……それだけなんだ。じゃあ」

俺は席を立った。
外はまだ明るい。
確か、電柱には町名が書かれていた。
外へ出てケータイでマンションの名前を言えば、タクシーが来るだろう。

「そうだ」

最後にもうひとつ、思い出した。

「あの、寝てしまったこと、謝ってなかった。すまなかった」

あの時のことを思い出すだけで、顔が熱くなるのがわかる。
きっと、真っ赤になっているだろう。
もう征士の顔を見ることもできずに、俺は慌てて玄関へと向かった。

「Fukuoka Tower, ANA0609」

後ろから、征士の声。

「ANA0609, Go ahead」

振り向かずに、返す。

「Fukuoka Tower, ANA0609, How do you read?」

耳に心地よい、落ち着いた征士の声。

「ANA0609,Fukuoka Tower, Loud and Clear」

「Fukuoka Tower, Say Again earlier message to me」

「さっきの……?」

お俺は立ち止まって振り返る。

「そうだ。さっきの言葉。もう一度聞かせてくれ」

「……好きだ、征士」

「Say Again」

「好きだ」

「……知っていた。当麻」

征士が広げた腕に、俺は飛び込んで、泣いた。




つづく

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