たいいくのひ
since November 22th 2012
【102-05】伊達副操縦士と羽柴管制官 その5
続きです
**********
T-3
「……いる」
と、言ったら、一体どうなるんだろう。
そう考えただけだったはずが、口に出てしまっていた。
本当のことだから、仕方がない。
「……征士に、言ってなかったか」
抱えていた布団を下ろし、頭を掻きながら言葉を続けてみるが、こちらは本心ではない。
征士が聞いてこないから、彼女のことは今まで黙っていた。
それもある。
でも俺は。
明らかに俺は、女のことは「敢えて」征士に黙っていたのだ。
ラーメン屋で征士に彼女のことを尋ねてしまったのは迂闊だった。
俺はしばしばこうやって、好奇心に抗えず藪をつついて蛇を出す。
征士は正座を崩さずに黙ったまま、まだまっすぐに俺を見ていた。
「……意外、だったか?お前と同じ会社の客室乗務員だ。よくある話だろ」
どうにもバツが悪いのは、なぜだろう。
何の義理立てがあるわけでもないのに。
「そうだな。……しかし、私はお前と、恋人として交際をしているつもりだった」
征士はそう言った。
俺は。
(ああ、やっぱり)
と思った。
女のことを言わずにいたのは、おそらくそのことを薄々予感していたから。
そして、都合よく、自分がそれに気づいていないように思い込んでいた。
きっと俺はそれを、このまま壊したくはなかったのだ。
「……男なのに?」
「……そうだ。そういうことは、たまにはあるものだ。そうだろう」
「……まぁ、な」
「それに、口づけを許すということは、そのような約束をしたことと、同意だと思っていた」
「…………すまん」
征士があまりに俺をまっすぐ見つめて話すものだから、俺はあらぬ方を向いて返事をすることになる。
「……布団、もう敷くか?」
「そうだな」
征士は短いため息を一つつき、立ち上がってそこに布団を敷いた。
最後に掛け布団を広げて、寝床ができあがるまでを黙って見ていた俺に、征士が尋ねる。
「どうした?」
「……泊まってくれるなら、よかったと思って」
「……そうか」
「……ああ」
なんとなくテレビもつけ損なって、その後はぽつり、ぽつりと、関係のない仲間の話なんかしたりした。
もう休もう、と言いだしたのは征士で、それならと俺も同意して、それぞれの寝床に収まった。
リモコンのボタンを押して、明かりを消す。
いくら寝付きのいい俺でも、この状況ではすぐに眠くはならなかった。
征士もそうなのだろうか。
時々寝返りを打つ気配がして、寝息はなかなか聞こえてこない。
「征士」
俺は思い切って声をかけた。
明日別れてしまえば、次に会えるのは何ヶ月も後かもしれない。
それに、もしかしたら。
もしかしたら、もう会えないなんてことだってあるかもしれない。
征士にしてみれば、恋人だと思っていたところを裏切られたのだ。
キスだって、もう、したくはないのかもしれない。
「何だ」
返事が返ってきて安心する。
「征士はその……、男が好きなのか?」
「……私は、当麻しか好きになったことはないから、よくわからん。家のしきたりで玄人の女をあてがわれたり、その後も一夜限りでもいいという、後腐れのなさそうな女を抱いたりしたことはあるが」
「……ふぅん」
答えの中に爆弾が仕込まれ過ぎていて、どう返事をしていいものかわからない。
「女性は全て、当麻だと思って抱いている」
「……ロクでもないな」
「そうかな」
また、沈黙。
そこまで思われていたとは、正直、想定の斜め遥か上だった。
ゾッとしないが、心底嫌かといえば、そうでもないような気もする。
俺は何を考えてこれまで征士とキスをし、そんな関係を壊したくなくて、隠しごとまでしていたのだろうか。
「征士」
「何だ」
「もう一度、キスをしないか」
「……は?」
俺は、征士にはっきりと聞こえるように、繰り返した。
「キスがしたい。もう一度キスをして、どうして征士とキスがしたいのか、なぜお前とキスができなくなるのが困るのか、考えたい。Comfirm(ただしく受信できたか)?」
俺は起き上がり、ベッドに掛けて、征士に手を差し伸べた。
「…………Wilco(了解、従います)」
征士は俺の手を強く引いて起き上がり、俺の両肩に手を掛けると、押し倒しながら顔を寄せてきた。
俺の後頭部がベッドに着陸するのと、唇と唇とのランデブーはほぼ同時だった。
つづく
**********
T-3
「……いる」
と、言ったら、一体どうなるんだろう。
そう考えただけだったはずが、口に出てしまっていた。
本当のことだから、仕方がない。
「……征士に、言ってなかったか」
抱えていた布団を下ろし、頭を掻きながら言葉を続けてみるが、こちらは本心ではない。
征士が聞いてこないから、彼女のことは今まで黙っていた。
それもある。
でも俺は。
明らかに俺は、女のことは「敢えて」征士に黙っていたのだ。
ラーメン屋で征士に彼女のことを尋ねてしまったのは迂闊だった。
俺はしばしばこうやって、好奇心に抗えず藪をつついて蛇を出す。
征士は正座を崩さずに黙ったまま、まだまっすぐに俺を見ていた。
「……意外、だったか?お前と同じ会社の客室乗務員だ。よくある話だろ」
どうにもバツが悪いのは、なぜだろう。
何の義理立てがあるわけでもないのに。
「そうだな。……しかし、私はお前と、恋人として交際をしているつもりだった」
征士はそう言った。
俺は。
(ああ、やっぱり)
と思った。
女のことを言わずにいたのは、おそらくそのことを薄々予感していたから。
そして、都合よく、自分がそれに気づいていないように思い込んでいた。
きっと俺はそれを、このまま壊したくはなかったのだ。
「……男なのに?」
「……そうだ。そういうことは、たまにはあるものだ。そうだろう」
「……まぁ、な」
「それに、口づけを許すということは、そのような約束をしたことと、同意だと思っていた」
「…………すまん」
征士があまりに俺をまっすぐ見つめて話すものだから、俺はあらぬ方を向いて返事をすることになる。
「……布団、もう敷くか?」
「そうだな」
征士は短いため息を一つつき、立ち上がってそこに布団を敷いた。
最後に掛け布団を広げて、寝床ができあがるまでを黙って見ていた俺に、征士が尋ねる。
「どうした?」
「……泊まってくれるなら、よかったと思って」
「……そうか」
「……ああ」
なんとなくテレビもつけ損なって、その後はぽつり、ぽつりと、関係のない仲間の話なんかしたりした。
もう休もう、と言いだしたのは征士で、それならと俺も同意して、それぞれの寝床に収まった。
リモコンのボタンを押して、明かりを消す。
いくら寝付きのいい俺でも、この状況ではすぐに眠くはならなかった。
征士もそうなのだろうか。
時々寝返りを打つ気配がして、寝息はなかなか聞こえてこない。
「征士」
俺は思い切って声をかけた。
明日別れてしまえば、次に会えるのは何ヶ月も後かもしれない。
それに、もしかしたら。
もしかしたら、もう会えないなんてことだってあるかもしれない。
征士にしてみれば、恋人だと思っていたところを裏切られたのだ。
キスだって、もう、したくはないのかもしれない。
「何だ」
返事が返ってきて安心する。
「征士はその……、男が好きなのか?」
「……私は、当麻しか好きになったことはないから、よくわからん。家のしきたりで玄人の女をあてがわれたり、その後も一夜限りでもいいという、後腐れのなさそうな女を抱いたりしたことはあるが」
「……ふぅん」
答えの中に爆弾が仕込まれ過ぎていて、どう返事をしていいものかわからない。
「女性は全て、当麻だと思って抱いている」
「……ロクでもないな」
「そうかな」
また、沈黙。
そこまで思われていたとは、正直、想定の斜め遥か上だった。
ゾッとしないが、心底嫌かといえば、そうでもないような気もする。
俺は何を考えてこれまで征士とキスをし、そんな関係を壊したくなくて、隠しごとまでしていたのだろうか。
「征士」
「何だ」
「もう一度、キスをしないか」
「……は?」
俺は、征士にはっきりと聞こえるように、繰り返した。
「キスがしたい。もう一度キスをして、どうして征士とキスがしたいのか、なぜお前とキスができなくなるのが困るのか、考えたい。Comfirm(ただしく受信できたか)?」
俺は起き上がり、ベッドに掛けて、征士に手を差し伸べた。
「…………Wilco(了解、従います)」
征士は俺の手を強く引いて起き上がり、俺の両肩に手を掛けると、押し倒しながら顔を寄せてきた。
俺の後頭部がベッドに着陸するのと、唇と唇とのランデブーはほぼ同時だった。
つづく
PR
index / what's new
(10/10)
(05/16)
(04/24)
(01/14)
(06/26)
(04/30)
(04/17)
(04/16)