たいいくのひ
since November 22th 2012
【113-01】おみやげ(前)
明日でサイト開設から6年。
いつも暖かい拍手や感想をありがとうございます。
10月の終わりからTwitterで毎日少しずつお披露目しておりました。
お道具を使ったお一人様の話です。
ご注意を。
**********
「そうだ」
幾日かにわたる研修出張の前祝いと称して、職場の先輩と飲んで帰ってきた征士が、妙に可愛らしい小さな紙袋から取り出したのは、ピンクのリボンがかけられた長い箱。
「奥さんに買っていけと。奢ってやるからと先輩がうるさくてな。このような店には初めて入ったが、なかなか興味深かったぞ」
手渡された箱には大きさに似合わないずっしりとした重みがあった。
アクセサリーの類ではないらしい。
「何だ?」
俺の誕生日はとうに過ぎている。
何かの記念日だという覚えも、特にはない。
「まぁ開けてみろ」
ニヤニヤと笑う酔っ払いに言われるままに包みを広げる。
現れた黒い箱の蓋を開くと、中には思いもよらないものが鎮座していた。
「何だ? これ」
「何だとは何だ。いまさらカマトトか」
征士はニヤついた表情を崩さない。
酒に強くて顔には出ないのだが、こいつは相当酔っていると見た。
「いや、知ってる。知ってはいるが、これ……お前が買ったのか」
ピンポン玉のような玉が五つ連なり、根元に持ち手がついたソレは、『黒地蔵』とその持ち手部分に刻まれた商品名の通りに真っ黒だ。
「支払いは先輩だがな。ちゃんと私が選んだのだぞ」
どうだと言わんばかりの態度が、また気に喰わない。
「使わないぞ、俺は」
そのまま蓋をして、テーブルの上に放る。
少しは懲りた顔でもするかと思ったが、征士は気にする様子もない。
「せっかく買ってもらったものだ。捨てずにとっておけばいいだろう」
征士は小箱を取り上げると、リビングボードの上にポンと載せた。
その日はそれきりで、夜は月並みにコトを済ませた。
四泊もいなくなる割にはあっさりしたものだと、少々拍子抜けしたくらいだ。
翌朝、スーツケースと共に、征士は出かけていった。
ちょうど仕事も立て込んでいて、征士不在のはじめの二晩は、買ってきた弁当とビールを搔っ食らうと倒れ伏して眠ってしまった。
計画通りに仕事が進み予想以上の成果が出て、今晩はチームを上げて打ち上げの酒盛りとなった。
すっかりイイ気持ちでマンションに帰りついた。
「征士ぃ〜。今帰ったぞー!」
防犯のため不在時にはリビングの灯りを点けておくのだが、近頃は部屋の空気に昼間の日当たりの名残はなく、もちろん征士も帰ってはいない。
大して広くもない部屋が、なんとなくガランと感じるのは何の感傷か。
その何かを振り払うように俺はシャワーを浴び、冷たいベッドに潜り込んだ。
酔いは覚めた。
「チクショウ、寒いじゃないか」
自分の呟きがまた一人の部屋に妙に響く。
征士はあと三日も帰って来ない。
そう頭に浮かべてから、三日「も」なんて考えている自分に軽く驚く。
今までだってもちろん、何日も会わないことはあった。
でももしかすると、俺が征士に置いて行かれたのは、これが初めてかもしれない。
「寂しくなんかないぞ、アホゥ」
声に出してしまうと、また変な気持ちになる。
これはもう、一発ヌいてから寝るしかないかと思い立ち、趣味の古文書関係に紛れさせてあるオネェサンの雑誌を引き抜いてきた。
なんとなくいつもの手順でページをめくっていたのだが、ふと部屋の扉の向こう側が気になった。
リビングボードに鎮座する箱の中身。
征士のヤロウ、あんなものを。
俺は使わない。
征士にほだされさえしなければ、元来男にやられる趣味なんてないんだ。
雑誌をめくると現れる艶やかな曲線に集中しようとすればするほど、黒光りするアレが脳裏にちらつく。
俺は雑誌を投げ捨てて頭から布団をかぶった。
結局昨日は悶々としたまま眠落ちてしまった。
家を出るギリギリに飛び起きて、着替えながら牛乳を飲む。
時計がわりにテレビをつけようとすれば、その上にある例の箱がまた目に入る。
今のうちに捨てておかなくては。
そう思って手に取った。
ゴミ箱に放り込もうとして躊躇する。
征士は今夜も帰らない。
知らずのうちに生唾を飲み込んでいた。
俺は悪くない。
征士が悪いんだ。
征士がこんなモンを俺に押し付けて、いなくなってしまうのがいけないのだ。
俺はおかしくない。
そんな屁理屈が頭をかすめる。
テレビのニュースの耳慣れたジングルが、定刻になったと俺を急かす。
俺は手にしたものを隣の部屋の中のベッドの上へと放り投げ、家を出た。
「羽柴、まだやることあるのか。手伝うぞ」
「いや、帰ります」
何となく帰りたくなくて、もう一仕事とも考えたが、そうも行かないようだ。
征士が出かけてからロクな食事をしていなかったと、スーパーで肉と野菜を少し買って家に帰る。
久々に炊飯器で飯を炊き、買ってきたものを適当に炒めて食べた。
腹をいっぱいにして風呂に入れば、妙な気にならずにすぐ眠れるに違いない。
考えまいとすればするほど俺の意識は確実に、ベッドの上にあるアレに集中していく。
「征士……。早く帰って来いよ……」
風呂で頭からザバザバと熱い湯をかぶる。
「俺があんなモンと浮気しても、お前は平気なのか?」
『初めて入ったが、なかなか興味深かった』
『ちゃんと私が選んだのだぞ』
得意げな征士の顔が浮かぶ。
「……そうか。平気なのか」
そうなのだ。
征士が望んで、征士が買ってきたのだ。
腹立たしさがまた、ふつふつと湧いてくる。
あほらしい。
何をうじうじと悩んでいるんだ、羽柴当麻。
お望みとあらば、やってやろうじゃないか。
「よしっ」
ザバリと水飛沫を上げて立ち上がった。
後半へ続く
いつも暖かい拍手や感想をありがとうございます。
10月の終わりからTwitterで毎日少しずつお披露目しておりました。
お道具を使ったお一人様の話です。
ご注意を。
**********
「そうだ」
幾日かにわたる研修出張の前祝いと称して、職場の先輩と飲んで帰ってきた征士が、妙に可愛らしい小さな紙袋から取り出したのは、ピンクのリボンがかけられた長い箱。
「奥さんに買っていけと。奢ってやるからと先輩がうるさくてな。このような店には初めて入ったが、なかなか興味深かったぞ」
手渡された箱には大きさに似合わないずっしりとした重みがあった。
アクセサリーの類ではないらしい。
「何だ?」
俺の誕生日はとうに過ぎている。
何かの記念日だという覚えも、特にはない。
「まぁ開けてみろ」
ニヤニヤと笑う酔っ払いに言われるままに包みを広げる。
現れた黒い箱の蓋を開くと、中には思いもよらないものが鎮座していた。
「何だ? これ」
「何だとは何だ。いまさらカマトトか」
征士はニヤついた表情を崩さない。
酒に強くて顔には出ないのだが、こいつは相当酔っていると見た。
「いや、知ってる。知ってはいるが、これ……お前が買ったのか」
ピンポン玉のような玉が五つ連なり、根元に持ち手がついたソレは、『黒地蔵』とその持ち手部分に刻まれた商品名の通りに真っ黒だ。
「支払いは先輩だがな。ちゃんと私が選んだのだぞ」
どうだと言わんばかりの態度が、また気に喰わない。
「使わないぞ、俺は」
そのまま蓋をして、テーブルの上に放る。
少しは懲りた顔でもするかと思ったが、征士は気にする様子もない。
「せっかく買ってもらったものだ。捨てずにとっておけばいいだろう」
征士は小箱を取り上げると、リビングボードの上にポンと載せた。
その日はそれきりで、夜は月並みにコトを済ませた。
四泊もいなくなる割にはあっさりしたものだと、少々拍子抜けしたくらいだ。
翌朝、スーツケースと共に、征士は出かけていった。
ちょうど仕事も立て込んでいて、征士不在のはじめの二晩は、買ってきた弁当とビールを搔っ食らうと倒れ伏して眠ってしまった。
計画通りに仕事が進み予想以上の成果が出て、今晩はチームを上げて打ち上げの酒盛りとなった。
すっかりイイ気持ちでマンションに帰りついた。
「征士ぃ〜。今帰ったぞー!」
防犯のため不在時にはリビングの灯りを点けておくのだが、近頃は部屋の空気に昼間の日当たりの名残はなく、もちろん征士も帰ってはいない。
大して広くもない部屋が、なんとなくガランと感じるのは何の感傷か。
その何かを振り払うように俺はシャワーを浴び、冷たいベッドに潜り込んだ。
酔いは覚めた。
「チクショウ、寒いじゃないか」
自分の呟きがまた一人の部屋に妙に響く。
征士はあと三日も帰って来ない。
そう頭に浮かべてから、三日「も」なんて考えている自分に軽く驚く。
今までだってもちろん、何日も会わないことはあった。
でももしかすると、俺が征士に置いて行かれたのは、これが初めてかもしれない。
「寂しくなんかないぞ、アホゥ」
声に出してしまうと、また変な気持ちになる。
これはもう、一発ヌいてから寝るしかないかと思い立ち、趣味の古文書関係に紛れさせてあるオネェサンの雑誌を引き抜いてきた。
なんとなくいつもの手順でページをめくっていたのだが、ふと部屋の扉の向こう側が気になった。
リビングボードに鎮座する箱の中身。
征士のヤロウ、あんなものを。
俺は使わない。
征士にほだされさえしなければ、元来男にやられる趣味なんてないんだ。
雑誌をめくると現れる艶やかな曲線に集中しようとすればするほど、黒光りするアレが脳裏にちらつく。
俺は雑誌を投げ捨てて頭から布団をかぶった。
結局昨日は悶々としたまま眠落ちてしまった。
家を出るギリギリに飛び起きて、着替えながら牛乳を飲む。
時計がわりにテレビをつけようとすれば、その上にある例の箱がまた目に入る。
今のうちに捨てておかなくては。
そう思って手に取った。
ゴミ箱に放り込もうとして躊躇する。
征士は今夜も帰らない。
知らずのうちに生唾を飲み込んでいた。
俺は悪くない。
征士が悪いんだ。
征士がこんなモンを俺に押し付けて、いなくなってしまうのがいけないのだ。
俺はおかしくない。
そんな屁理屈が頭をかすめる。
テレビのニュースの耳慣れたジングルが、定刻になったと俺を急かす。
俺は手にしたものを隣の部屋の中のベッドの上へと放り投げ、家を出た。
「羽柴、まだやることあるのか。手伝うぞ」
「いや、帰ります」
何となく帰りたくなくて、もう一仕事とも考えたが、そうも行かないようだ。
征士が出かけてからロクな食事をしていなかったと、スーパーで肉と野菜を少し買って家に帰る。
久々に炊飯器で飯を炊き、買ってきたものを適当に炒めて食べた。
腹をいっぱいにして風呂に入れば、妙な気にならずにすぐ眠れるに違いない。
考えまいとすればするほど俺の意識は確実に、ベッドの上にあるアレに集中していく。
「征士……。早く帰って来いよ……」
風呂で頭からザバザバと熱い湯をかぶる。
「俺があんなモンと浮気しても、お前は平気なのか?」
『初めて入ったが、なかなか興味深かった』
『ちゃんと私が選んだのだぞ』
得意げな征士の顔が浮かぶ。
「……そうか。平気なのか」
そうなのだ。
征士が望んで、征士が買ってきたのだ。
腹立たしさがまた、ふつふつと湧いてくる。
あほらしい。
何をうじうじと悩んでいるんだ、羽柴当麻。
お望みとあらば、やってやろうじゃないか。
「よしっ」
ザバリと水飛沫を上げて立ち上がった。
後半へ続く
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