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【111】月のない夜に

征士さんと、当麻と、誰か。
一応、閲覧注意としておきます。



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**********


「おい」

聞き覚えのある声で覚醒した。
一瞬、父の声のような気がしたが、少し違う。
ここは小田原。
仙台で警察官をしている父が今、ここにいるはずはないのだ。
ぼんやりと目を開けると、部屋はまだ暗い。

「起きろ」

ベッドの脇に立つ人物が、もう一度私を呼んだ。
身体を起こしかけ、その人物を見上げる。
窓からの月明かりが浮かび上がらせたその人は。
……驚いたことに「私」だった。

「心配するな。私はお前だ。敵ではない」

見た目は私だが、私はここにいる(はずだ)。
信じられるものかと眉をひそめると、目の前の私は私にしか知り得ない、幼少時の取るに足りないちょっとした秘密を私の耳元に囁いた。

「まぁ、信じろと言っても無理な話だ。夢だと思っていればいい」

ジャラリと重い金属の音がした。
「私」はくるりと踵を返すと隣のベッドで眠っている当麻のそばへ二歩、歩み寄った。

(何をする)

そう言って立ち上がろうとしたが、ベッドの上に腰掛けた状態で身体がまったく動かせない。

「そこで見ていろ」

「私」は私に振り向き、悠然と微笑んでそう言った。 そして当麻の腕を首の後ろで束ねて手錠をかけ、寝る時はベッドサイドにいつもある、当麻のトレードマークとも言える青いバンダナで、そっと目隠しをした。



胸の突起に甘い痛みを覚え、眠りの淵から浮上させられる。
もう片方も指の腹で探られ、背中をぞわりと快感が駆け上がった。
その感覚は確かに快楽だが、眠りを妨げられたのは明らかな不快だ。
やんわりと胸の上にある頭を手で退かそうとしたら、金属の鎖の音がして、手首の動きを何かに妨げられた。
手錠か何か、そういう冷たく硬いものによって、首の後ろで手首を縛り上げられているようだ。

(征士か)

俺はすぐにそう理解した。
世界の崩壊と自らの死と背中合わせだったいかれた戦いの最中から、俺と征士はそういう仲だ。
十代半ば。
二人きりの自室。
ベッドは隣。
仲間達には気づかれないままに、惚れた腫れたのせめぎ合いから、歪んだセックスに辿り着くまでそう時間はかからなかった。
征士は俺の方が奴に身体を明け渡しているという、その辺りに罪悪感をもっていたりもするらしい。
だからなのか、そんな秘密めいた行為の時、征士は普段、俺のことをムカツくくらい大切に扱う。
しかし時として悪ふざけの延長で、SMまがいの馬鹿げた趣向を凝らすことがある。
眠っている間に、どこから用意したのだか俺に手錠をかけ、ことに及ぼうとしているのに違いない。
様子を伺おうとして、ご丁寧に目隠しまでされていることに気づく。

「……んぁっ」

不意に脇腹から二の腕にかけて舐め上げられ、うっかり声が漏れる。
いくら重厚な洋館とはいえ、隣の部屋には秀と伸が眠っているのだ。
迂闊に物音は立てられない。

「征士……やめ……」

小さく抗議の声を上げようとした途端、口を口で塞がれた。
息ができないような深い深いキス。
今夜は随分と火がついてやがる。
酸素不足に陥り、眠気が増して朦朧とする。
征士の温かな舌が俺の口の中を這い回る。
このまま眠ってしまいたい。



「私」はベッドの上の当麻に跨ると、パジャマのボタンを上からひとつずつ外し、静かに上下する当麻の胸を露わにした。
当麻は眠りが深いと何をしても目を覚まさないのは知ってはいたが、これほどとは呆れる。
金縛りに遭ったように指先ひとつ動かすことのできない私は、その様子をただ黙って見ているしかなかった。
「私」は当麻の乳首に口元を寄せ、もう片方も指でそっと刺激した。
もぞり、当麻がわずかに肩を動かした。
当麻の乳首をしばらく舌先で弄んだ後、更に唇を寄せる。

「……っ」

小さく息を吐いて、当麻が眉を寄せる。
手首の手錠がジャラリと鳴る。
その音と同時に「私」は、当麻の無防備な横っ腹から脇、そして腕の内側へと舌先を這わせた。

「……んぁっ」

金属音とともに、当麻の声が漏れる。
静かな屋敷の中で周囲に気取られぬようにと、いつもの抑えた音吐で。

「征士……やめ……」

私の名。
当然、当麻はそれを私の所業だと感じているのだ。
自分の中心まで熱く硬くなっていることに気づく。
一体私は、当麻が他の誰かに抱かれているのを見て興奮を覚える見下げた男だったのだろうか。
否。
これは、夢だ。
あれは、私なのだ。
そう考えた途端、身体が動くようになった。

「私」はもう私には目もくれず、当麻の唇を貪っている。私は立ち上がると歩み寄り、当麻のヘソから下を覆うブランケットを乱暴に床へと払いのけた。



気持ちよさと苦しさの狭間に漂っていると、突然に肌がけがめくりあげられ、意識の首根っこを掴まれて乱暴に水面へと持ち上げられる。寝間着のズボンに手がかけられて下ろされ、肌が冷たい空気に直に当たる。

すぐに俺の、おそらく寒さに縮み上がっているだろうイチモツに指が添えられ、征士の舌が這う。
まずはいきなり敏感な先端から。
いつもの手順が分かっていても、身体がピクンと反応してしまう。

「…………!?」

俺の口は征士の口で塞がれている。
口の中の隅々まで弄るこの舌は、間違いなく征士だ。
他の誰かとこんなことをしたことはないが、この感触を他人と間違う筈はない。
では、俺の足下にいるのは……?

混乱した頭とは関係なく、いつもの慣れた愛撫に俺のナニは勝手に昂まりはじめている。

塞がれていた口が解放されて、俺は大きく息を吸い込んだ。

「ふぁ……っ」

息をついた途端に、ケツに指が差し込まれる。
耳たぶを甘く噛む舌と、ヘソのあたりをねっとりと這い回る舌。
俺が不用意に動いて手錠で手首を傷つけないように添えられた手に、乳首をそっと擦り上げる親指。
それとは別に、腹の上に横たえられた腕の重みと体温。
そして、俺の中へと入った指はもう二本になった。

これは一体何なんだ?

征士が他の誰かと?
そんな筈はない。
いや、どうしてそうではない言い切れる?
だって、俺が他の奴らと親しくしているのだって、実は妬けるのだと言っていたじゃないか。
そんな征士がこんな、俺の身体を誰かと共有するような真似をするだろうか。
それでも、もしくは……。

「ぁ………っ」

制御しきれない快楽に恐れを覚え、身をよじって逃げようとしても、やんわりと抑えつけられる。
征士一人だって、いつもやり込められてしまうのに、二人いて拘束されていては敵うはずもない。

これが二人とも征士じゃないとしたなら。
今、征士はどこでどうしている?
隣のベッドで、俺がこんな目に遭っていることにも気づかずに、眠っているというのか。

二つの唇と4本の手で与えられる甘美な刺激に、考えはまとまりかけては散り、手放そうとしては、揺り戻される。

「ん……ぁ……っ」

己の声すら、もはや自分のものではないようで。
もし征士が隣のベッドにいるのなら、征士でない誰かに浮かされている、こんな俺を見られたくはない。

「は…ぁ……ああ」

この指は。
俺の身体の中まで知っているこの動きは、確かに征士だと思うのに。
どんなに構えても俺が思わず声を上げてしまう、鎖骨のあたりを舐め上げる征士の息遣いも、たしかに征士のようなのだ。

「せ、いじ……?」

俺の声に二人の動きが同時に止まる。
そしてベッドの上の重みがギシギシと移動する。
やはり、二人いる。
それは確信となった。
でも俺の呼び声には何の返答もないまま、下肢が持ち上げられ、おっ勃ったモノの先端があてがわれたのがわかった。



「せ、いじ……?」

これだけ二人で弄んでいれば、元来聡明な当麻のことだ。
相手が二人いることはとうに察しているのだろう。
私でない「私」を私だと思い込んだ当麻は、では私のことは誰だと思っているのだろうか。
私でない者かもしれない私でも、当麻は大した拒絶もせずに、こうして受け入れている。
そのことに嫉妬とも怒りとも言い難い、名前のつかない興奮が生まれる。

確かめるように私の名を呼ぶ当麻の声に、私と「私」は目を見合わせた。
私ではないかもしれない私の施しによって、当麻の後孔はすっかり綻んでいる。
このまま自分が当麻の中にいつものように押し入るよりも、「私」が当麻とどうなるのかが見たい。
そんなことを初めて考えた。
「私」の目は、諾と言っている。
物言わず通じ合えるとは、やはり「私」は私なのだろうか。
私は腰を上げると、当麻の頭の方へ移る。
「私」の方は当麻のむき出しの脚を持ち上げると、その奥へと狙いを定めたようだった。

「ぅ……ぁあ」

「私」の動きに合わせて、当麻が苦しそうに顎を上げて喘ぐ。
私は当麻の頭のすぐ横に膝をつき、己のバンダナで目隠しをされた当麻の顔を見下ろしていた。

「あ、……あ………、せ、いじ、征士……っ」

まだそれが私だと思っているのか、そう思いたいのか。
その呼びかけに応える気にはならず、私は「私」に貫かれて踊る当麻の揺れる髪を、汗に濡れる額を、ただ黙って見つめた。

「うっ……あぁ……」

紅く染まった唇から吐き出される熱い吐息とともに、チラチラと濡れた舌が蠢いているのが見える。
私は当麻のバラ色の頬にそっと手を添えると、顔を私の方へ向くように力を入れた。
そしてもう片方の手で自分の熱り勃ったモノを取り上げると、欲に濡れたその先端を当麻の口元へと当てた。



「ぅ……ぁあ」

どう押し殺そうとしても、無様に声を上げてしまう。
挿入ってきたモノのデカさといい、尊大なブツの割にはどことなく優しいそのねじり込み方といい、やはり征士に間違いないと思う。

真ん中を貫かれて揺すぶられ、あられもない姿を晒しながら、隣には、もう一人の気配をはっきりと感じていた。

そのもう一人が俺の顔に触れたかと思うと、静かに、でも有無を言わさないいつもの征士のやり方で、俺の顔をそちらに向けた。
下から突き上げられて息を切らせながら、当然のようにあてがわれた肉棒の先に俺は舌を差し出す。
征士の味だ。
これは夢なんだ。
俺はもう夢中で征士にむしゃぶりついた。




妙にスッキリと目が覚めた。
窓の外はもう明るくなっているが、まだ早いのだろう。
鳥の声も聞こえてこない、静かな早朝だ。
隣のベッドには、征士がまだ眠っている。
その安らかな顔を見た途端、昨夜の夢を思い出す。

上にも下にも征士を咥え込んで、俺は何度も何度も絶頂に達し、征士の体液を浴び、飲み込み、注がれた。
淫らな夢。

当たり前だが、俺の身体はきれいなままで、しっかりとパジャマを着込んでいた。

「どうかしているな」

してないとか、溜まってるとかってワケでもないのに。
独りごちて起き上がろうとして、手首にひりりとした痛みを感じた。

見ると、両腕には赤く擦り切れた拘束の跡。

「!?」

あれは夢ではなかったのか。
だとしたら、あれは一体誰だったのか。

「おはよう……。当麻、早いな」

目を開いた征士が、いつもの寝起きの良さで起き上がり、こちらを見る。
俺は慌てて手首を布団の中に入れ、それを誤魔化すように、また布団へ潜り込んだ。

「変な奴だな。ちゃんと起きろよ」

どんな声を返したらいいのかわからないまま、俺は頭から布団をかぶり直した。



素知らぬふりをして部屋を出て、いつもの通りに素振りに出た。
夢でも、現実でもない、昨夜のできごと。

当麻が言い出せずにいるのをいいことに、私も、私らしくもないあの欲望とともに、胸にしまっておくこととした。



おわり
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