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【108】遅刻の代償

緑青。
ちょっとエッチい話。
たぶん。



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**********


「あーあ……こりゃ酷いなぁ。ここからまだ30キロ続くらしいぞ」

大型連休初日。
燦々と降り注ぐ陽の光はもう随分と高くなっている。

「出遅れれば当然こうなる」

「……俺のせいか」

「他にどんな理由がある」

止まったかと思うとノロノロと進み出す、運転手には一番ストレスの溜まる高速道路の渋滞。
ハンドルを握る征士は、助手席に座る、落ち合う約束の時刻にはまだ寝ていたという当麻を睨んだ。

「悪かったって。昨夜も仕事で遅かったんだよ。何年も付き合ってるんだから、お前もそろそろ慣れろ」

そんな勝手を抜かしながら、当麻はふわぁと大口を開けた。
PAの手前には、入りきれない車が路肩に列をなしている。
征士だって昨夜は遅くまでかかって仕事を片付けてきたのだ。
今日のために。
それなのに待ち合わせから期待を裏切られ続け、休憩も交代もできないまま、渋滞突入から一時間。
助手席の無神経な大欠伸に、征士のイライラはピークに達した。

「まさか寝るつもりではあるまいな」

「……寝ないよ。お前が眠くならないように、こうして起きて頑張ってしゃべっているんだろう」

いつになく刺々しい征士の剣幕に、さすがの当麻も少しばかりしおらしくなる。

「しゃべるだけでは足りんな」

「なんだ。歌でも歌ってやろうか?」

「そうだな……。窓を開けて大声で歌ってもらうのも悪くないが」

「罰ゲームかよ!」

「そうだ。余興として、ここで『して』見せてもらおう」

「何を?」

「自分でするところを」

「はぁ!?」

当麻が素っ頓狂な声を上げたと同時に、強めにブレーキがかかった。

「おっ……と、危ないな、大丈夫か?」

当麻が右側の端正な顔をチラリと見遣ると、灰紫の瞳も妖しく当麻を見返していた。

「少々疲れが出てきたようだ。どこぞの誰かに朝からストレスを与えられ続けているからな」

「だからもう、何度も悪かったって言ってるだろう」

「では、誠意を見せてもらおうか」

「ヘンタイ」

当麻の声は呆れてはいたが、心底嫌がってはいない。
大きくついたため息も、征士に聞かせるためのポーズだろう。
大したためらいも見せず、ジーンズのベルトのバックルを外し、ボタンホールにボタンをくぐらせる。
ジッパーのつまみに指をかけ、当麻は隣にいる征士の顔を見る。

車は動き出したところで、征士は前を向いたまま口を動かした。

「何だ。続けろ」

当麻は視線を下に戻し、座ったままで下ろしにくいジッパーを何とか下げた。

「ほう。こういうシチュエーションは興奮するようだな」

「………」

「半立ち、というところか」

覗き込んだ征士の指摘の通り、水色のチェックのトランクスに包まれたそこは、明らかに厚みを増して見える。

「……前向いて運転しろよ」

「進まないのだから、仕方あるまい」

車の流れはピタリと止まっていた。

「取り出してやろうか」

「いい。自分でするっ」

当麻は顔を前に向けたまま、左側、窓の外をチラリと気にした。
左の車線には大型のトラックが止まっており、二人の車からは「静岡◯◯工業」と書かれたそのドアの一部しか見ることはできない。

(運転席から見下ろしたら、丸見えってことはないだろうな)

運転席にこれだけ高低差があれば、大丈夫な気はする。
同じような車高の車でも、問題はないだろう。
しかしその中間、少し大きめの、ミニバンクラスなら……。

「早くしろ」

当麻の躊躇を見抜いて、征士が急かす。
車はゆっくりと、しばらくは隣のトラックと変わらぬペースで進んでいる。

「わかってるよ」

当麻はトランクスの合わせから、もったりと重量の増したペニスを取り出した。
ここまでは「見られたら捕まるかも」という心配をするくらいで、どちらかというとゲームのような半分愉快な気分でいたのだ。
クーペの明るい車内の空気に、慣れない部分が触れた途端、首の後ろ辺りに熱さを感じた。
湧き上がってきたのは計算外の、羞恥。

気づかれたくない。
恥ずかしがっていることを。

大して触れぬまま、みるみる体積を増していくのを征士に見られぬよう、当麻は片手で握って覆った。

こんなこと、何でもない。
努めて平気な顔で。

二度、三度、そのまま擦り上げると、あっという間にその先端からは透明な液が溢れ出す。
その滴りを親指の腹につけて、そのままくるくると艶やかなそこを撫でてやる。

「……っ」

肩が震え声が漏れそうになるのを、当麻は慌てて飲み込んだ。

「随分と気持ちよさそうではないか。声を我慢する必要はないぞ」

「うるさい」

征士の声が更なるスパイスとなり、握っているものは一層硬くなる。
自分でコントロールしているはずなのに、自分で施すより断然多い、征士の手に触れられている気分になってくる。
そう、いつも、こんな風に。
浮き出た血管を撫で上げ、手指は刺激を加えていく。
思わず腰が浮き上がりそうになり、当麻は体制を保とうと左膝を立てた。

「ダメだ。隠すな。脚は下ろせ」

「な……っ」

「罰ゲームなのだぞ。わかってるな」

右手は更に擦り上げながら、当麻は目を瞑り、言われるがままに脚を下ろす。
ブレーキを踏み込まれ、車はまた止まる。
当麻が薄目を開けて左の窓を見れば、自分と同じ高さで若い男がダルそうにハンドルに手を乗せている横顔が見える。
その顔が、こちらを見たら。

「窓でも開けるか」

狙いすましたような征士の声に、ぞくりと腰からまた何かが駆け上がる。

「アホ!」

当麻が睨みつければ、

「冗談だ」

と、そうとは聞こえぬ口調で征士は答えた。

やめてしまえばいいのに、征士の視線を受けた当麻の手は止まることなく、屹立したペニスを刺激し続ける。
息が上がる。
自分にこんなマゾヒズムともいうべき、おかしな嗜好があったとは。
そんな思考すら官能を高め、当麻の中心は今にも達してしまいそうになる。

「やめろ」

そこに一声、冷めた征士の声がかかると、当麻の右手はまるで催眠術のかかったかのようにピタリと止まった。

「早い。まだイくな」

車はまた少しずつ進み始める。
当麻は興奮で潤んだ目で、前を向いて運転する征士の端正な横顔を睨む。

この野郎。

右手が自律を取り戻し、当麻は続けようと指先に力を込める。

「ダメだ」

鋭い声がまた呪文になる。
征士の声の通りに、当麻の手は止まる。

俺は、飼いならされた犬か。
いや、こんなところで自慰をして興奮しているのだから、犬より猿かもしれない。
狂おしい自分自身をただ握りしめることしかできず、その遣る瀬なさがまた、妙な快楽に変わっていく。
自分の心の大半を持っていかれている、不自由という淫楽。

「イキたいのか」

きっと顔はもう真っ赤のだろう。
額に汗を感じながら、当麻は頷く。

「イキたいのかと聞いている」

当麻はまた数回、首を縦に振った。

「私は運転しているのだぞ、当麻。言わなくては、わからない」

「……イキ、たいっ」

やっと絞り出した自分の声すら、もう羞恥を高める媚薬にしかならない。

「よし、イッていい」

合図とともに、当麻は息を詰め、最後の階段を一気に駆け上がった。

「う……ぁっ」

軽い呻き声とともに、当麻の手の中で熱く滾ったものがビクビクと跳ね、飛び出したほとばしりは、黒いダッシュボードをミルク色に汚した。

車はまた止まる。
当麻は全身で息をしながら、ぐったりとシートに沈み込む。

「まったく、仕方のない奴だな」

征士がティッシュを取り出して、手早く後始末をする音が聞こえる。

「仕置の続きはたっぷり、宿についてからだな」

台詞の中身よりも、声の振動が心地よい。
左側からの視線も、気だるさに紛れて気にならなくなっているのを感じながら、当麻はしばし、意識を手放した。



おわり
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