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【099】かくれんぼ

昨年の冬コミに出した本に載せた漫画と同じネタを文字にしてみました。
緑青です。


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長く降り続いた雨に、皆が退屈していた。

言い出したのが秀だったならば、もしかすると伸や当麻が、そんな子ども染みたことをと取り合わなかったかもしれない。
しかし、それを言い出したのがナスティだったので、柳生邸に暮らす全員が何となく異議を申し立てるきっかけをつかむことができずに、ジャンケンをすることになった。

七人同時のジャンケン。当然アイコが数回繰り返され、そのうちに不思議と皆の気分も盛り上がってくる。
あまりに続くアイコにしびれを切らし、伸辺りが半分に分かれてやらないかと提案してくれたらいいのにという他人任せが頭に浮かぶ。
その途端、私が拳を握って出したのに、他の皆が手を開いて差し出して、勝負はついた。
鬼は私だ。

「ウチの中からは出るなよ」

当麻が言うと、

「外禁止か。屋根の上は?」

秀が目を輝かせる。

「雨が降っているんだぞ。よした方がいいよ」

伸が嗜めると、

「じゃあ、部屋の中だけだな」

遼はもう、走り出しそうだ。

「征士、百まで数えてから『もういいかい』よ」

はしゃいでいるナスティには、いつもの保護者然とした雰囲気は微塵もない。
まるで妹の五月のようだ。
数え始める前にもう、全員が目の前からいなくなってしまった。
誰もいないリビングで、私は仕方なく壁に向かって顔を伏せ、声を出して数を数えた。

「……三十六、三十七、三十八……」

いざ数えてみると、百は結構長く感じられた。

時々離れたところから、ゴソゴソと人の気配がする。
誰が、どこに隠れようとしているのだろう。
邸は広い。

「……九十八、九十九、百」

顔を上げると誰もいないリビングに、聞こえるのは雨音だけ。

「もういいかーい」

こんなことを言うのはいつ以来か。
なかなか恥ずかしいものだと思いつつ、返事がないからもう一度、今度はさっきよりも少し声を張ってみる。
それでも、どこからも返事がないのは、もういいということなのだろう。

こんな昼間に、誰もいない静まり返ったこの部屋にいるのは、もしくは初めてかもしれない。
雨音がひときわ強くなった気がした。

皆、どこに隠れたのだろうか。
私は一人、リビングから廊下に出た。


気配を消し去った仲間たちを探すのは、やはり骨が折れた。
隠れられそうなところは、いくらでもある。
一つずつ部屋を開け、中を覗く。
面倒なような、心浮き立つような。
楽しいような、少し怖いような。
子どもの頃に友人たちと遊んだ公園を思い出しながら。

秀は風呂場の空の湯船の中に、蓋を閉めて潜んでいた。

「ちぇ。俺が一番かよ」

口を尖らせた秀とともに、次を探す。
遼は物置部屋の積み上げられた荷物の奥に、伸は私と当麻の部屋の、私のベッドの下にいた。
ナスティは広い廊下にある、いかにも年代物の大きな古時計の、振り子が振れる下の飾り板の裏にうまく入っていた。
ナスティを見つけたのは遼だ。
一見、大人が入れるとは思えない小さなスペースに見えるので、私は何度もその前を通っていたのに気がつかなかった。

「絶対に最後まで見つからない自信があったのよ」

そこはナスティがまだ小さな子どもだった頃によく隠れた場所だったそうだ。
まだ当麻が見つかっていないと知ると、とても悔しがった。

「そうだ!書斎の本棚ン中だ!あそこ、まだ見てねぇよな!」

返事を待たずに秀が走って行った。
しかし秀を見つける前に書斎はもう、くまなく探したのだ。

当麻以外の全員で探しても、どこにも当麻の姿が見つからない。

「外に行っちまったのかなぁ」

秀が雨に煙る外を見れば、

「外は行くなって言ったのは当麻だろ。征士、まだ見てないところ、どこかないか?」

遼が私を振り返る。

「ああ。……一通り見たつもりなのだがな」

「もしかしたら、途中で移動しているのかもしれないわ」

「そうだね。また一から回ってみよう」

話がまとまって、皆がまたリビングから出て行った。
後をついて行こうかと一足踏み出したところで、私はふと思い出した。

天井の真ん中が広くガラスで素通しになっている客間。
ガラスは凹凸のついたモザイクになっていて、光は入るが、その上に何があるのかを窺うことはできない。
あの上には、何があるのだろう。
いつも考えていたわけではないが、時折思い出しては不思議に思っていた。
どうも直接屋根の上ではないように思う。

そこに当麻がいる。
無性にそんな気がした。

皆には声をかけずに、一人で二階へと上がった。
部屋の前を通り過ぎた突き当たり。
この先が、ちょうどあの部屋の上に当たるはずだ。

腰から下に貼られた壁の飾り板にはうっすらと埃が積もっていたが、一箇所だけ、手の跡で拭われたところがある。

(やはり、か)

足元をよく見れば、絨毯の毛並みがそこだけ乱れている。
この奥に、何かがあるはずだ。
埃のない板に手を当てて動かすと、案の定、板は上へと滑り上がった。

しゃがみこんで覗くと、階下の書斎の天井の部屋の隅が斜めに切れているのと同じ形に、数段の階段があり、その上の向こうは部屋になっている。階段は真ん中だけ、獣道のように、やはり埃が拭われている。
当麻はここにいると、私は確信した。おそらく当麻は何度もここに入ったことがあるのに違いない。
死角に当麻が隠れていて、私を驚かせようとしているのではないかと用心しながら、私はすっかりしゃがまなければ入れない、まるで茶室の入り口のようなその正方形の入り口から中に入って立ち上がった。
そこは階下の書斎と同じ大きさの部屋になっていた。床の真ん中が、書斎の天井のガラスのモザイクになっている。そして南側には大きな窓。ちょうど雲が切れて、日の光が差し込んだ。
埃の舞う部屋で、日の光がスポットライトのように光の道筋を描いて床に落ちる。古い書物が所々に積み上がったそこに、当麻はいた。
こちらを向いて横になり、私がいることにも気づかずに、すっかり眠っているようだった。

その時。
私の胸にえも言われぬ気持ちが広がった。
そしてまた同時に、強く締め付けられるようにも感じられた。
湿気を帯びた古い邸の優しく穏やかな空気に、鋭い光が射し、私の中の真実を鮮やかに照らし出した。

「ああ」

思わず声が出る。

(これは、恋だ)

そのまま雪の積もるように埃が積もり、百年眠り続ける当麻をすっかりと隠してしまうのではないか。そんなどこかで聞いたようなおとぎ話が頭に浮かぶ。
私はそこに突っ立って、馬鹿のようにただ当麻を見ていた。

不意に当麻がモゾリと動き、小さなくしゃみをひとつした。
私は驚いたが、当麻が起きる様子はなかった。
どうしたものかと、またしばらく眠る当麻を眺めて考えてみたが、このままここに居れば、当麻の気に入りなのだろうこの場所が皆にバレてしまうことが惜しい気がして、退散を決めた。

静かに身を屈めて、入ってきた狭い入り口から廊下へと出る。
元のように飾り板を戻し、私は踵を返した。

リビングに戻ると当麻捜索隊はとうに解散されていた。
伸がお茶を淹れている。

「征士、当麻はいたかい?」

「いや、見つからん」

「ま、そのうち、お腹を空かせて出てくるでしょ」

「そうだな」

テラスの向こうに見える空はすっかり明るくなり、雨露に光る木々の間を鳥がさえずりながら飛んで行った。

思えばあの時初めて私は自覚したのだ。
当麻のことが、特別なのだと。

あれから実に色々な出来事があって、私と当麻は一緒にいる。
でもこのことは、未だ当麻に語ってやったことはないのだ。
雨の降る静かな午後に時々思い出す、私の胸だけにしまってある、あの頃の思い出。



おわり
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