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【122】ALIVE

最終的には緑青ハピエンに繋がる予定ですが、
ちょっと暗いお話。



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**********


疲れ果てていた。

何とか敵群から逃れて、岩場の影に身を寄せる。
武装を解き、ただただ体力の温存を図る。

「……つぅっ」

壁にもたれて座った当麻が左脇腹をかばって顔をしかめる。

「大丈夫かよ」

「やはり平気ではないのだろう」

秀と征士が覗き込む。その彼らだって満身創痍だ。

五体の敵兵を一度に相手して苦戦していた征士が、ほんの一瞬身体のバランスを崩しかけたことに気を取られ、当麻は死角からの攻撃をその横腹にまともに受けた。

「俺は大丈夫だ。 征士! 自分の持ち場に集中しろ!」

そう言った当麻を、しかし征士は放っておくことができずに駆け寄り、担いで走った。
秀が後方で追っ手を阻みながら、命からがらの態で逃げた。
遼と伸とはその時にはぐれてしまった。
自滅の典型。

「横になった方がいいんじゃねぇか」

 苦しげな息をする当麻に秀が声をかける。

「ああ、うん……そうだな」

そう言って当麻は、座っていた姿勢からゆっくりと、顔をしかめながら自分で横になった。

「ここか」

「……ああ。ちょっとやられたな」

左の脇腹に征士が手のひらをそっと当てて気を送る。
痛みが少しは癒えるのだろうか。
当麻はほうっと一息ついた。

月明かりに照らされる顔が青白い。
当麻のシャツは見る見る赤くなり、その下の岩盤までが少しずつ染まっていく。

「大丈夫なのかよ」

秀が小さく苛立った声をあげる。
征士も当麻も返事をしない。

大丈夫だと思いたい。
しかし大丈夫ではないのかもしれない。
後者の可能性を秀は首を振り、頭の中から慌てて打ち消す。

征士が当麻の脇腹に当てていた手を休め、自分の上着とTシャツを脱ぐ。
力を込めてTシャツを引き裂き、それを包帯の代わりに当麻の腹に巻く。
少しでも止血を図る。

「秀」

しばらくの沈黙の後、当麻の傍に座り込んで、またじっと手を当てながら征士が口を開く。

「何だよ」

「悪いが、もう少し暖かくいられそうな所がないか、探してきてくれないか」

確かに寒い。
当麻は時々かすかにその身体を震わせている。
ここには火を起こす術もない。
そして煙を上げたことで今、敵に見つかってしまっては確実に全滅だ。

「そうだな。わかった」

秀が立ち上がる。

「……お前も腕、やられてるんだろ? 悪いな」

秀を思いやる当麻の声には、もういつもの力がない。

「俺のなんかほんのかすり傷だ。気にすんなよ。……戻ってくるまで頑張れよな」

 秀はにっと笑って、当麻の青い髪をくしゃくしゃと撫でる。
当麻は目で少し、笑って返す。

「すまんな、秀」

そう言いながら、征士は当麻に当てている手に更に意識を集中させる。
額から頬に、汗が流れる。

「当麻を頼んだぞ」

秀はそんな征士の肩に手を置いてそう呟くと、闇の中へ出かけて行った。

時空を隔てる門をくぐった覚えもないのに、わけのわからない次元にいるようだった。
さっき逃げ出した場所からここまで、雨風をしのげるようなところはどこにもなかった。
新たな居場所が見つけられる勝算も、実はほとんどない。

少しずつ、しかし確実に浸み出してくる当麻の血が赤黒く征士の膝を濡らす。
当麻が目を瞑るたびに、その意識を途切れさせてはいけないと征士は声を掛け続ける。

「当麻」

「ん……」

刻一刻と反応が鈍くなってきている気がして、征士は焦る。

人間界を救うためになんていう大義名分は、とうにもうどうでもいいことになっていた。
殺すか、殺されるか。
悪夢のような酷い戦局。

剣の哲学などどこかに吹き飛んだ。
礼の心、そんなフレーズもいつの間にか頭に浮かばなくなっていた。
それでも己に呆れることなく戦い続けるのは、生きて家族の元へ帰るため。

そして目の前の、この友がいるからに他ならないと改めて征士は思う。

他の三人に対するのとは違う、何か特別な感情が当麻に対してだけあることを自覚したのも、もういつのことだったのかわからない。

「当麻。おい。寝るな」

「ん…………わかってる……」

当麻も眠ってしまってはまずいと思っているのだろう。
意識を保とうと懸命に何かを考えようとしているようだが、思考がまとまらないのが端から見ていてもわかる。

死なないでくれ。

死という言葉を脳裏から消し去ろう、消し去ろうとしているのに、頭の中にはその言葉ばかりが浮かぶ。

「そんなに心配するな、征士。……俺は死なない」

口には出していないはずなのに、当麻の口からも発せられる「死」という言葉。

「死ぬなどとは誰も思っていない」

なおも脇腹に気を送りながら、怒ったように征士が呟く。

「明日より先のことはわからんが、とにかく今日、俺は死なないんだ」

そう言う当麻の唇は、ひどく色褪せているのだが、話を聞こうと征士は当麻に少し顔を寄せる。
真上を向いていた当麻も少し征士の方に顔を傾ける。

「今日が何日かわかるか? 征士」

「今日……? いや……」

日付どころか、曜日の感覚も、季節感すらとっくになくなっていた。
束の間の休息に夏の終わりを感じたのは、いつだったろうか。
つい最近のような気もするし、もうずいぶんと昔のことのような気もした。

「今日は……十月十日だ。征士。体育の日だ」

当麻は言った。

「そうか」

そう返事をしながら征士は、目の前で自分の一番大切に思う人間が死に瀕しているという現実と、『体育の日』という単語のやけに晴れ晴れとした呑気さとの落差にめまいがする気がした。

「そして俺の母さんが……俺を産んだ日だ」

「お前の……誕生日か」

十月十日が当麻の誕生日なのか。
お互いのことなんて、ほとんど知らなかった。
呼び合うことができる名前と、目の前の本人がいれば他に何もいらなかった。

それだけで、こんなにも魅かれている。

「そうだ。そんなめでたい日に、俺が死ぬワケがない」

そう言い切って、当麻はいつもの不敵な笑みを血の気のない頬に浮かべた。

「ずいぶんと非科学的だな」

その表情と、まだそんな冗談が言えるのだという安堵で、征士も少し微笑んでみせる。

「死ぬわけはないが、世の中、何が起こるかわからないから言っておく」

当麻の青い瞳が、征士の紫の瞳をじっと見つめた。

「征士、俺は…………」

征士は見つめ返すことで相槌をうち、その言葉の続きを待つ。
しかし当麻はそこで、ゆっくりと瞼を閉じてしまった。
息はあるようだ。
眠ってしまったのだろうか。

征士はそれ以上揺り起こすこともできずに、またただひたすら当麻に気を送った。

「私はお前が好きだ」

そう言ってしまいたい衝動を懸命に抑える。
それではまるで死にゆく友に最期の言葉をかけるような気がしたから。

今、当麻の息がある今言わなくては後悔することになるのかもしれない。
しかし、この戦いを乗り越えてある未来を信じたい。


遠くから秀の帰ってくる重い足取りが聞こえてくる。
それだけで秀の疲労困憊なことが伝わってくる。

当麻の出血はなお止まらない。

『征士、俺は…………』

当麻は何と言おうとしたのか。
この先、その続きを聞くことができるのだろうか。

できる。

そう信じて、征士は気を送る手のひらにまた、意識を集中した。





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