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【091】夕暮れ

天秤座の同人作家は軽やかにビッチな受けを書く、という噂を聞いて。
緑青です。



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阿羅醐との戦いが終息し、小田原で合宿生活をしながら心と身体を休めていた、夏。
夕立が去った後の涼やかな空気に、異なった時空の繋がるわずかな気配を感じて、征士は一人、邸の外に出た。
邸の裏手に行けば、その通り。
ひっそりと静かに、人間界と煩悩京を繋ぐ門が出現していた。
音もなく開いた扉の隙間から当麻の姿が現れる。

「迎えに来たのか?」

雨に濡れた草を踏みながら歩み寄った征士の整った鼻先に、当麻が微笑んだ形で唇を寄せる。

「また風呂に入ってきたのか」

征士はその一瞬の口づけを引き受けながら、不機嫌な声でそう言った。
当麻からはほのかな湿り気とともに、煩悩京に湧き出る温泉の、独特な香りが漂ってくる。

「洗い落としてこない方が好みか?」

当麻は征士をからかうように笑った。

「そうではない。今日は一体誰と寝てきた? そういうことはもうしないでくれと、私は言ったはずだ」

征士は不機嫌の度合いを更に深め、少し離れて当麻の顔を真正面から睨む。
当麻は負けずに征士にまっすぐに視線を返す。

「お前とはするが、他の奴らとはやるなというのは筋が通らん。誰とやろうが、それは俺の自由だ」

さも当たり前のことのように、当麻が告げる。

「……なぜ、誰とでもそんなことをする」

「そりゃ、ギブアンドテイクってやつさ。螺呪羅は邸の書物では得られない妖邪界のいろんなことを俺に話してくれる。那唖挫の薬の知識はたいしたもんだ。そして悪奴弥守は剣を教えてくれる」

「その代償に、お前の身体を自由にさせているというのか。それでは商売女と一緒ではないか」

征士は当麻を怒らせようと試みる。
侮辱して怒りを買うことであるいは、このわけのわからないいい加減な考えが変わってくれるかもしれないと、一縷の望みをかけて。

「何とでも言え」

それでも当麻は気を悪くする体もなく、涼しい顔で征士から視線を外さない。

「剣なら私だって教えられる」

「お前に習ったのではお前を超えられないだろう?」

当麻は両眉を上げる。
征士も負けじと言葉を返す。

「そんなことはない。私の師は祖父だが、私は技術ではもう祖父を超えたと自負している」

「それは伊達の爺さんが、征士が爺さんを超えることを望んでいるからだ。お前は俺がお前より、強くなって欲しいとは思わないだろう?」

当麻は片手で征士の頭を寄せて、答えられずにいる征士の唇を唇で塞ぐ。

「ほらみろ」

「誰ともやるなと言えばいいのか」

まったく効果を上げられないやりとりに、征士の言にもさすがに苛つきが混ざりはじめる。

「やらないのか?」

当麻は一向に構わず、それどころか笑みを深めて征士の癖っ毛をくしゃくしゃと撫でる。

「お前がそんな風に、誰にでも身体を任せるよりは、私が我慢した方がいくらかマシだ」

「そんなこと言うなよ」

「お前にとって、奴らと私とは同じなのか」

「同じじゃないって、わかってて言ってるんだろう?」

その時、当麻の顔が一時だけ真顔に戻る。

「これはリハビリ。今の俺にはあいつらが必要。……そしてもちろん何よりも征士、俺にはお前が必要なんだ」

当麻はまたにっこりと笑って、軽やかに踵を返す。

「家に入ろうぜ。剣にアレ、運動のしすぎで腹が減ってるんだ」

そう言って歩き出した当麻の腕を上げ取って引き寄せ、征士は強く抱きしめる。
そして噛み付くように当麻に口づける。

当麻は満足そうに目を閉じる。

暮れる寸前の飴色の日の光が、二人の髪を同じ色に染めていた。





おわり
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