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【090】カメにまつわる話

武装演舞弐でペーパーラリーのペーパーに掲載したお話です。
緑青です。



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どうしてカメに名前が必要なのか、俺にはさっぱりわからない。
カメが二匹いるのなら、番号なり名前なりをつけてやらなくては、時には不便かもしれない。
しかしもしカメが三十匹いるのであれば、名前などつけようとは、あまり誰も考えないだろう。

現在我が家にカメは、俺が道端で拾ってきた小さなクサガメ一匹しかいない。
その他にはむさくるしい男が二人いるだけだ。
一人は、俺。
ということは、征士にとっても同居人は、俺とカメしかいないということだ。

俺には羽柴当麻という名前があるし、カメとは間違えようもなく生物として種類が違う。
俺は哺乳類だし、カメは爬虫類だ。
万が一、俺をサルと間違う奴はいるかもしれないが、俺のことをカメだと思う人間は、そうはいないだろう。
なのに征士は、それでもカメに名前が必要だという。
ペットに名前がないことは、征士には理解しがたいことなのだそうだ。

ペットだと思わなければいい。
カブトムシだと思えと言ってみたが、征士は納得しない。

「そんなにつけたければ、お前がつければいいだろう」

と提案してみたら、

「お前が拾ってきたのだろう。お前が名付けるべきだ」

と言って、これまた譲らない。
まったく面倒な男だ。
なんでも征士の実家では、弥生さんと征士と五月ちゃんの三人の子どもが途切れずに犬だの猫だのを拾ってきては飼っていたのだという。
その犬猫の命名権は曰く、拾ってきた者の特権であった、と。

俺には関係ないんだがなぁ。

とにかくあまりに征士がしつこくうるさいので、仕方なくカメに名前をつけてやることにした。
カメの名前は、征士。

「なぜ私の名前をつける」

俺が名前を呼びながら、カメの征士に餌をやっていたら、後ろから冷たい怒りの声が聞こえた。

「……気に入らないのか」

「当然だ」

ため息をついて、俺は振り返った。
仕事から帰ってきた征士はコートを脱いでいるところだった。

「俺にとって、愛しいものはすべて『征士』なんだ」

まっすぐに征士の目を見てそう言ってやったら、征士はネクタイを緩める手を止めた。
そして、なんだか急に照れたような顔をして、何も言わずに部屋に引っ込んでいった。
耳の後ろが、確かに赤くなっていた。
とりあえず怒りは解けたのだろう。
本当はただ、カメごときに名前を考えるのが面倒だっただけなのだが。

しかし実際名付けてみたら、

「征士、餌だぞ」

「征士、水槽洗ってやろうな」

なんて話しかけることも増えたりして、カメも今までより少しかわいく思えるような気がしないでもない。
カメに名前をつけるのも、まぁ悪くなかったな、と思った次第。



おわり
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