たいいくのひ
since November 22th 2012
【086】どうにもとまらない
サイト3周年を迎えました。
いつもいつも、本当にありがとうございます!
ささやかな緑青を。
**********
「当麻。朝だぞ、起きろ」
高校生五人とナスティの暮らす小田原の柳生邸は、いつもの通り爽やかな月曜日の朝を迎えた。
11月も半ばを過ぎ、邸の周りの木々は秋の装いから徐々に葉を落とし、冬の準備を始めている。
「ん・・・・・・」
その2階。
征士と当麻の部屋では、いつものように自分では起きてこない当麻に、征士が声をかけていた。
ここまでは、確かにいつもの通りだった。
「相変わらず愛らしい寝顔だ。毛布を口元まで持ってきて……。寒がりだからな、当麻は。起こしてしまうのはもったいない気もするが、月曜日だ。学校へは行かねばならん。このまま、閉じたまぶたを縁取る長い睫毛を、満足げにヨダレを垂らす愛おしい口元を眺めていたいのは山々ではあるが、もう食事の時間なのだからいたしかたない。早く起きて食堂に行かせなければ、私が伸に・・・・・・」
語り続ける征士の言葉をさえぎって、当麻がガバリと跳ね起き、ベッドの上に座ったまま傍らに立つ征士を見上げる。そしてハッと気づいて口元のヨダレの跡を、パジャマの袖口でゴシゴシとぬぐった。
「おま・・・・・・!」
当麻がそれ以上言葉を続けられずにいると、そんな当麻を見下ろしながら、征士の口がまた開く。
「何だ。もう起きてしまったのか、当麻。お前が一声かけただけで起き上がるとは、珍しいこともあるものだ」
「起きちゃ悪いかよ。お前が起こしたんだろう。いや、それより・・・・・・」
訝しげに当麻は征士を見上げる。
いつもならば。
朝だ、起きろと声をかけるだけで、征士はそれ以上に無駄なおしゃべりなどしない。
当麻はそんな征士がしびれを切らし、次に声をかけられるまでは平気な顔でヌクヌクと寝たままでいる。
そしてそれを二、三度繰り返し、征士が腹を立て始めた絶妙なタイミングで当麻は仕方なく起きる。
それが、この部屋で毎朝繰り広げられる日常だ。
しかし今朝は。
「起き抜けの顔もたまらなく可愛い。しかし私はもう少し、お前の寝顔も……」
しゃべり続ける征士は、かなりおかしい。
が、その内容が更に聞き捨てならない。
「征士・・・・・・?」
「どうしてそんな風に眉を寄せて私を見上げるのだ。しかしそんな表情もまた実に好ましい」
「征士・・・・・・。お前一体、何を言ってるんだ?」
夢見るような顔をしていた征士も、当麻のしかめた顔に合わせて、ようやくその表情を若干曇らせた。
「何を言っているだと? 私はお前に起きろと言っただけだ。他に何か言っているか?」
「言っているだろう。さっきから可愛いとか何とか・・・・・・」
何かがおかしい。
征士は病気なのか、はたまた妖邪の類の仕業なのか。
当麻の身体に緊張が走る。
「まさか」
「まさかじゃない。俺のことを愛らしいとか、好ましいとか。・・・・・・どうしたんだ? 頭でも打ったのか?」
「何ということだ!」
征士はそう叫び、ただでさえ色白な顔を更に蒼くした。
「私が当麻のことを、他の誰よりも何よりも好ましく思っていることを、お前が知ってしまっているというのか。おい!当麻!いったいいつから・・・・・・」
「だからさ」
当麻はベッドの上に、あぐらをかいて座りなおした。
半ばあきれ顔になり、改めて目の前に突っ立っている征士を見上げる。
「今だよ、今。今、ここで、お前が言ったんだろう。今も言ってるし」
「そんな馬鹿な!」
征士はしゃがみ込み、頭を抱えた。
征士は普段、感情をあまり表に出さない。
口数も少ないが、表情や身振り手振りで感情を表すことは、それこそ遼や秀に比べたら極端に少ないのだ。
そんな征士が目の前で顔面を蒼白にし、そんな馬鹿なと大声を出し、まるで欧米人さながらに大げさに頭を抱えて座り込んでいる。
「どうしたらいいというのだ。男の私が、同じ男の当麻のことを愛してしまったということは、今まで散々苦しい思いをして周りに悟られぬよう、お前に悟らせぬように秘めてきたというのに・・・・・・!」
今度は泣きそうな顔になってベッドの上の当麻を見上げる。
「今のも全部、お前しゃべってるけど自覚ある?」
苦笑いで当麻は見下ろす。
事情はさっぱりわからないが、なんだか征士が気の毒に思えてきた。
「思ったことがぜーんぶ、言葉と態度に出ちゃってるみたいだぜ? お前」
「同情してくれるのか、当麻。私にそんな気遣いをしてくれるとは。なんと嬉しい・・・・・・」
征士が涙ぐんで立ち上がろうとしたその時。
部屋のドアを5回もノックする、元気な音。
「おい征士! 当麻! 何してんだぁ?メシだぞ、メシー!」
「秀か。そうだ。伸を怒らせぬように当麻を起こしに来たというのに。伸が呼びに行けと言ったのに違いない。おい、秀。大変なのだ。私が・・・・・・」
「ちょっと待て!!」
再度のべつ幕なしに話し始める征士の声と、ドアノブに手をかける音の両方を、当麻の鋭い声が止める。
当麻は慌ててベッドから降りるとドアに駆け寄り、少しだけドアを開いて隙間から顔を出した。
「秀、ちょっと悪い。立て込んでてな。すぐに行くから先に降りて・・・・・・」
「秀、すまない。私が当麻に・・・・・・わっ」
ドアに近づいてきた征士を、当麻が力任せに突き飛ばした。
「何をするのだ、当麻。いきなり突き飛ばされては・・・・・」
「な、何だ? 征士おい、大丈夫か?」
部屋を覗き込もうと、秀はドアの縁に手をかける。
当麻はドアの隙間を更にせまくして、まくしたてる。
「大丈夫! 大丈夫だから!な、秀。ここから離れろ。1階にいてくれ。呼ぶから。落ち着いたら呼ぶから。な!」
「妖邪か!?」
「違うのだ秀。当麻が私をかば・・・・・・うわぁっ」
今度は足で思い切り蹴り飛ばされた征士が、床に転がる。
「頼む!秀。1階に下りて、俺が何か合図するまで上がってくるな。な! 手を離せ。閉めるぞ!」
当麻の剣幕に驚いた秀が、思わず一歩下がると、勢いよくドアは閉められた。
何かブツブツ文句を言いながら、秀が階段を下りていく音に、当麻は耳を澄ませた。
ドアノブに付いた鍵をかけ、本当に閉まったことを確認するためにドアノブを回す。
ようやく一息ついて、征士に振り返った。
「手荒なことをしたな、征士。すまん」
「いや、私が悪いのだ。この事態がバレないように気を遣ってくれているのだな。私のために・・・・・・」
尻もちをついていた征士は立ち上がると、ドアの前に立つ当麻に近づいた。
「ありがとう。当麻」
当麻の顔を見つめてそう言うと、いきなり正面から当麻に抱きついた。
「ちょっ。征士! おま! なっ・・・・・・!」
「嬉しいぞ、当麻。抱きしめたいくらいだ」
驚き固まったままの当麻を、征士はそのまま強く抱きしめた。
「もう抱きしめてるって! よせよ!ちょっ・・・・・・!」
「そのようだな、当麻。何が起こったのかはわからんが、その通り。私は心の声も、欲求も、自分ではどうにも止められぬらしい」
「だから、そのわけを調べてっていうか、お前、俺のことそんな風に・・・・・・」
征士がふいに、馬鹿のように強く抱きしめていた腕をほどき、至近距離から当麻の顔を見つめる。
「キスしたい」
「だから、やめろぉおおおおおおお!」
起き抜けで、しかもさっき2度も火事場の馬鹿力を使ってしまった当麻が、いつもどおりの朝の鍛錬を終えた征士に力でかなうはずもないのだ。
「だからさ、様子がおかしいんだって」
「おかしいって何さ」
「妖邪か!?」
どたどたと数人が階段を上がってくる音がする。
この後、2人がどうなったのか。
とにかくこの日、2人は学校を欠席したという。
おわり
いつもいつも、本当にありがとうございます!
ささやかな緑青を。
**********
「当麻。朝だぞ、起きろ」
高校生五人とナスティの暮らす小田原の柳生邸は、いつもの通り爽やかな月曜日の朝を迎えた。
11月も半ばを過ぎ、邸の周りの木々は秋の装いから徐々に葉を落とし、冬の準備を始めている。
「ん・・・・・・」
その2階。
征士と当麻の部屋では、いつものように自分では起きてこない当麻に、征士が声をかけていた。
ここまでは、確かにいつもの通りだった。
「相変わらず愛らしい寝顔だ。毛布を口元まで持ってきて……。寒がりだからな、当麻は。起こしてしまうのはもったいない気もするが、月曜日だ。学校へは行かねばならん。このまま、閉じたまぶたを縁取る長い睫毛を、満足げにヨダレを垂らす愛おしい口元を眺めていたいのは山々ではあるが、もう食事の時間なのだからいたしかたない。早く起きて食堂に行かせなければ、私が伸に・・・・・・」
語り続ける征士の言葉をさえぎって、当麻がガバリと跳ね起き、ベッドの上に座ったまま傍らに立つ征士を見上げる。そしてハッと気づいて口元のヨダレの跡を、パジャマの袖口でゴシゴシとぬぐった。
「おま・・・・・・!」
当麻がそれ以上言葉を続けられずにいると、そんな当麻を見下ろしながら、征士の口がまた開く。
「何だ。もう起きてしまったのか、当麻。お前が一声かけただけで起き上がるとは、珍しいこともあるものだ」
「起きちゃ悪いかよ。お前が起こしたんだろう。いや、それより・・・・・・」
訝しげに当麻は征士を見上げる。
いつもならば。
朝だ、起きろと声をかけるだけで、征士はそれ以上に無駄なおしゃべりなどしない。
当麻はそんな征士がしびれを切らし、次に声をかけられるまでは平気な顔でヌクヌクと寝たままでいる。
そしてそれを二、三度繰り返し、征士が腹を立て始めた絶妙なタイミングで当麻は仕方なく起きる。
それが、この部屋で毎朝繰り広げられる日常だ。
しかし今朝は。
「起き抜けの顔もたまらなく可愛い。しかし私はもう少し、お前の寝顔も……」
しゃべり続ける征士は、かなりおかしい。
が、その内容が更に聞き捨てならない。
「征士・・・・・・?」
「どうしてそんな風に眉を寄せて私を見上げるのだ。しかしそんな表情もまた実に好ましい」
「征士・・・・・・。お前一体、何を言ってるんだ?」
夢見るような顔をしていた征士も、当麻のしかめた顔に合わせて、ようやくその表情を若干曇らせた。
「何を言っているだと? 私はお前に起きろと言っただけだ。他に何か言っているか?」
「言っているだろう。さっきから可愛いとか何とか・・・・・・」
何かがおかしい。
征士は病気なのか、はたまた妖邪の類の仕業なのか。
当麻の身体に緊張が走る。
「まさか」
「まさかじゃない。俺のことを愛らしいとか、好ましいとか。・・・・・・どうしたんだ? 頭でも打ったのか?」
「何ということだ!」
征士はそう叫び、ただでさえ色白な顔を更に蒼くした。
「私が当麻のことを、他の誰よりも何よりも好ましく思っていることを、お前が知ってしまっているというのか。おい!当麻!いったいいつから・・・・・・」
「だからさ」
当麻はベッドの上に、あぐらをかいて座りなおした。
半ばあきれ顔になり、改めて目の前に突っ立っている征士を見上げる。
「今だよ、今。今、ここで、お前が言ったんだろう。今も言ってるし」
「そんな馬鹿な!」
征士はしゃがみ込み、頭を抱えた。
征士は普段、感情をあまり表に出さない。
口数も少ないが、表情や身振り手振りで感情を表すことは、それこそ遼や秀に比べたら極端に少ないのだ。
そんな征士が目の前で顔面を蒼白にし、そんな馬鹿なと大声を出し、まるで欧米人さながらに大げさに頭を抱えて座り込んでいる。
「どうしたらいいというのだ。男の私が、同じ男の当麻のことを愛してしまったということは、今まで散々苦しい思いをして周りに悟られぬよう、お前に悟らせぬように秘めてきたというのに・・・・・・!」
今度は泣きそうな顔になってベッドの上の当麻を見上げる。
「今のも全部、お前しゃべってるけど自覚ある?」
苦笑いで当麻は見下ろす。
事情はさっぱりわからないが、なんだか征士が気の毒に思えてきた。
「思ったことがぜーんぶ、言葉と態度に出ちゃってるみたいだぜ? お前」
「同情してくれるのか、当麻。私にそんな気遣いをしてくれるとは。なんと嬉しい・・・・・・」
征士が涙ぐんで立ち上がろうとしたその時。
部屋のドアを5回もノックする、元気な音。
「おい征士! 当麻! 何してんだぁ?メシだぞ、メシー!」
「秀か。そうだ。伸を怒らせぬように当麻を起こしに来たというのに。伸が呼びに行けと言ったのに違いない。おい、秀。大変なのだ。私が・・・・・・」
「ちょっと待て!!」
再度のべつ幕なしに話し始める征士の声と、ドアノブに手をかける音の両方を、当麻の鋭い声が止める。
当麻は慌ててベッドから降りるとドアに駆け寄り、少しだけドアを開いて隙間から顔を出した。
「秀、ちょっと悪い。立て込んでてな。すぐに行くから先に降りて・・・・・・」
「秀、すまない。私が当麻に・・・・・・わっ」
ドアに近づいてきた征士を、当麻が力任せに突き飛ばした。
「何をするのだ、当麻。いきなり突き飛ばされては・・・・・」
「な、何だ? 征士おい、大丈夫か?」
部屋を覗き込もうと、秀はドアの縁に手をかける。
当麻はドアの隙間を更にせまくして、まくしたてる。
「大丈夫! 大丈夫だから!な、秀。ここから離れろ。1階にいてくれ。呼ぶから。落ち着いたら呼ぶから。な!」
「妖邪か!?」
「違うのだ秀。当麻が私をかば・・・・・・うわぁっ」
今度は足で思い切り蹴り飛ばされた征士が、床に転がる。
「頼む!秀。1階に下りて、俺が何か合図するまで上がってくるな。な! 手を離せ。閉めるぞ!」
当麻の剣幕に驚いた秀が、思わず一歩下がると、勢いよくドアは閉められた。
何かブツブツ文句を言いながら、秀が階段を下りていく音に、当麻は耳を澄ませた。
ドアノブに付いた鍵をかけ、本当に閉まったことを確認するためにドアノブを回す。
ようやく一息ついて、征士に振り返った。
「手荒なことをしたな、征士。すまん」
「いや、私が悪いのだ。この事態がバレないように気を遣ってくれているのだな。私のために・・・・・・」
尻もちをついていた征士は立ち上がると、ドアの前に立つ当麻に近づいた。
「ありがとう。当麻」
当麻の顔を見つめてそう言うと、いきなり正面から当麻に抱きついた。
「ちょっ。征士! おま! なっ・・・・・・!」
「嬉しいぞ、当麻。抱きしめたいくらいだ」
驚き固まったままの当麻を、征士はそのまま強く抱きしめた。
「もう抱きしめてるって! よせよ!ちょっ・・・・・・!」
「そのようだな、当麻。何が起こったのかはわからんが、その通り。私は心の声も、欲求も、自分ではどうにも止められぬらしい」
「だから、そのわけを調べてっていうか、お前、俺のことそんな風に・・・・・・」
征士がふいに、馬鹿のように強く抱きしめていた腕をほどき、至近距離から当麻の顔を見つめる。
「キスしたい」
「だから、やめろぉおおおおおおお!」
起き抜けで、しかもさっき2度も火事場の馬鹿力を使ってしまった当麻が、いつもどおりの朝の鍛錬を終えた征士に力でかなうはずもないのだ。
「だからさ、様子がおかしいんだって」
「おかしいって何さ」
「妖邪か!?」
どたどたと数人が階段を上がってくる音がする。
この後、2人がどうなったのか。
とにかくこの日、2人は学校を欠席したという。
おわり
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