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【065】UPSIDE DOWN!

【閲覧注意‼︎】
基本的には征当ですが、話の途中で攻めと受けが役割を入れ替える表現があります。
いわゆる「同軸リバ」とか「ガチリバ」とかいうやつ(かも)です。
この設定に少しでも抵抗を感じる方は読まない方が、きっと幸せな人生です。
【R18】です。
それを押しても読んでみたいっていうチャレンジャーなあなたは先へお進みくださいな。
そして是非是非「やっぱりないわー」とか、感想ください(笑)。



拍手




✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


 征士の仕事は現在絶賛超繁忙期で、その忙しさときたら文字通り殺人的。帰宅は連日深夜零時を超え、土日も祝日も休みとは縁のない生活。どんなに遅く帰ろうとも、朝は当然のように定時に出社する。そんな生活がもう一ヶ月以上続いていた。
 当麻の仕事もどちらかというと不規則で、気が抜けない実験が始まったりすると何日も家に帰れないことも珍しくはないのだが、ここしばらくは定時出勤、定時退勤の日々で、毎日夕方六時には征士と暮らすマンションに帰っている。たまに古書店を冷やかして遅めの帰宅という日もあるが、元来家でのんびり過ごすのが好きなタチであるから、パソコン通信で海外の友達と他愛ないやりとりをしたり、自分は観たいが征士の好みではない映画のビデオを借りてきては観たりして、当麻なりに有意義な時間を過ごす。普段炊事はもっぱら征士の役目なのだが、こういう時は当麻が夕食を用意する。
 この日も当麻は夜十一時を過ぎてから、キッチンで若干季節外れの感もある煮込みうどんを作り、風呂を整え、そうしてからまたソファに掛けて専門誌をめくったりしながら、征士の帰りを待つでもなく過ごしていた。日付を超える頃、ようやく玄関から鍵を回す音が聞こえる。
 「おっかえりぃ」
「……ただいま」
 当麻が玄関まで出迎えると、ため息のついでにようやく出たような声とともに征士が入ってきた。
「お疲れさん」
 当麻が手を差し出すと、征士は持っていた大きな革の鞄を手渡す。
「悪いな」
「うどん食べるか?」
 靴を脱ぐのにかがみ込んだ征士の頭越しに、当麻がドアの鍵をかける。頭の上から見下ろす征士は見るからに疲れ果てていて、相変わらずの見目の麗しさにもかかわらず『ぼろ雑巾のような』という形容がふさわしい。
「飯か……」
「いらなきゃ、いいけど?」
 夜更かしはお得意で口調も足取りも軽い当麻の後ろに、とぼとぼと征士が続いてリビングへと歩く。
「作って待っていたのだろう?」
「別にぃ。俺、作りながら色々つまんじゃったし。煮込みうどんだから明日の朝飯でもいいかと思ってたし」
「そうか、すまん。……風呂に入って寝る」
 元気はないが甘えを含んだ声でそう言って、征士は後ろから当麻の首にもたれかかるように抱きついた。少年だったあの頃よりもいくらか短く切りそろえた、しかし変わらず好きな方向にはねた征士の前髪が当麻の襟足をくすぐる。くたびれ果てていても、ふんわりと優しい征士の匂いがする。
「りょーかい。じゃ、直行しよう」
 二人はそのままリビングからバスルームへと進路を変更した。



 大人の男二人が一度に入ると、いくら家族向けマンションの広めなバスタブであっても、少し窮屈だ。しかし、ただ身体を洗ったり温まったりする本来の目的プラスαのコミュニケーションを取ろうという意図があってこそ、大の大人がわざわざ二人で一緒に入るわけだから、密着上等なのだ。
 バスタブの底にぐったりと伸ばした征士の膝に当麻が抱かれるように座る。そのまま上半身だけを征士に向け、頭を抱いて軽く口づける。
 「いつまでだっけ? 忙しいの」
 長い指が征士の頬の上をたどる。
「来週末というところか。終わりは見えてきたがな」
「ふぅん」
 当麻は征士の口元にひとつ、また小さなキスを落とす。
「……元気ないな。こっちも」
 当麻の尻の下になっている征士自身は、大抵このような状況では半ば頭をもたげているものなのだが、今晩は持ち主と同様に調子が出ないらしい。 当麻はもぞもぞと湯の中の尻の下に手を差し入れ、ふにゃりとしたそれをまさぐった。
「………」
 征士は無言で眉を寄せる。
「あれ? マジ?」
 全く反応を見せないそれに当麻は垂れた目を丸くして、思わず征士の顔を見た。当麻が征士といわゆる大人の関係を初めて結んだ十九のあの時から七年が経った今まで、当麻がその気になって触れているのに征士のものが勃っていないことなど、ただの一度もなかったのだ。
 初めての珍事に、征士本人も困惑の表情を浮かべている。
「やる気、有り?」
 当麻が覗き込む。
「有りだ」
 征士はムッとした顔で返す。
「じゃ、ここ座れ」
 明日のことを考えればこんな時間からと思わなくもないが、このままで寝てしまうのは二人とも何とも中途半端な気分だった。
 当麻は腰を浮かせて、バスタブの縁をトントンと指先で叩いた。水音を立てて立ち上がり、征士は言われるままにそこに腰掛ける。バスタブの中に座り込んでいる当麻の目の前に、くだんのブツが鎮座する。それはそれでいて他人のモノと比べると大した重量感があるのだが、一向に立ち上がる気配を見せてはいない。そのふにゃりと柔らかな愛しいものをそっと持ち上げると舌を寄せ、当麻はチロチロと舌先でくすぐる。添えた指先で優しくしごきあげながら先端を咥え込み、吸い上げる。
 「…………すまん」
「こりゃ、本格的にお疲れだなぁ」
 それでもピクリとも反応をしない股間にぶら下がるものに、征士はがっくりと項垂れた。当麻はもう一度、静かなままの征士自身に顔を寄せて、その先にチュッとひとつ軽くキスをすると、ザブリと立ち上がる。
「疲労には睡眠が一番の薬! 明日も早いんだろ?寝よう寝よう」
 征士の洗い髪をくしゃくしゃとなでてから浴室を出た当麻が、脱衣室から「ほれ」と投げたバスタオルが、征士の頭にばさりとかかった。



 翌日の昼。研究所の食堂で日替わり定食とラーメンの昼飯を食べ終わった当麻のケータイが短く鳴った。
『仕事でとったホテルの部屋が空いてしまいました。今夜なので急なのですが、せっかくだから征士と二人で使いませんか』
 ナスティからのメールだ。ナスティの勤め先で海外からの来賓のために予約した部屋があったのだが、当日になってトラブルがあり浮いてしまったらしい。キャンセルしても全額かかってしまうので、そうはせずに、上司はその権利をいつもよく働くナスティに使うようにと気遣ってくれたのだが、当のナスティもまた急に都合がつかなくなってしまったのだという。
 どうせ征士の到着は夜半を過ぎるのだろうが、その有名な高級ホテルは二人の住まいよりも征士の会社から近い。泊まるだけなら、いい休養になるかもしれない。当麻は昨夜の浴室での征士の疲れた背中を思い出し、ナスティからのプレゼントをありがたくいただくことにした。すぐにその旨を征士にメールで伝える。返事はほどなく戻ってきた。
『了解。今夜7時、最上階のRで待ち合わせよう』
 Rとはバーの名前だ。当麻は行ったことはなかったが、征士が取引先との接待でたまに使うと聞いていた。夜景が素晴らしい都内の有名な大人のデートスポットでもある。地下鉄の駅から地上に出て高いイチョウの並木を抜けると、そこはもう目指すホテルの前。ちょうど待ち合わせの時刻に到着した当麻は、先にチェックインをしておこうと広いロビーの奥のフロントに向かう。
 ホテルの格式にふさわしい上品な女性のフロントマネージャーが差し出した宿泊者カードに、当麻は征士と二人の連絡先を記入する。征士の住所は今の二人の住まい、自分の欄には大阪の実家の住所を書く。気にすることはないとは思いながらも、同居の住所を書くのが、何だかいつまでも気恥ずかしいのだ。
「大阪からお越しですか。遠くからお疲れ様です」
 そんなことを言ってにっこり微笑むフロントマネージャーに、当麻は下手な愛想笑いを返す。ほんの一瞬だけ、目の前の美人が自分の顔を妙によく見たような気がしたが、ルームキーを受け取り、バーに寄るからと案内は断ってエレベーターに乗り込んだ。エレベーターを降りるとバーの入り口だ。



 夜景を楽しめるように雰囲気のある暗さに調整された店内に足を踏み入れると、案内の店員が歩み寄るよりも早く、当麻はまるで展望台のような広い窓に面したカウンター席に征士を見つけた。やはり目立つ。当麻が近寄ると、征士もガラスに映った当麻に気づいて振り返る。その頬はいつもより青白んで見えた。
 「あれ……お前、もう相当飲んでる?」
 見間違いやライティングのせいではなく、やはり青白い。征士はアルコールには強く、普段は飲んでも顔色はほとんど変わらないのだが、ごくたまに限度を超えると赤くはならずに更に白くなる。
「まぁな」
 言いながら征士は手にしたグラスにいくらか残っていた琥珀色の液体を一息に煽った。
「待たせたか? 時間通りだよな?」
 当麻は腕時計を見る。チェックインにかかった時間だけ遅れたと言えば遅れたが、待ち合わせ下手な当麻にしては上出来な時間だ。
「ああ。私が早かったのだ。あまり仕事がはかどらないものだから、定時で上がった」
 征士は空にしたグラスをカウンターに置く。
「ひどい生活が続いているんだ。疲れが溜まっているんだろう。ちょっと飲んだら部屋へ行こう。今チェックインはしてきたからさ」
 当麻が窓の外に目を遣りながら、征士の隣の脚の長いスツールに掛け、胸ポケットから取り出したカードキーをテーブルの上に載せると、指で征士の方へ滑らせた。征士はそのキーに視線を落とすが、表情は浮かない。
「どうした?」
 当麻が横目で尋ねる。
「夕べのことが気になって、今日は一日、仕事どころではなかった」
「夕べ? 何かあったのか?」
 仕事でトラブルでもあったのかと当麻は尋ねた。夕べ確かに征士は疲れてはいたようだったが、そんなことは話していなかったのに。
 征士はおもむろに両肘をテーブルにつくと頭を抱えた。
「もう二度とお前を抱けないのではないかと思うと……」
「……はぁ⁉︎」
 うつむいてしまった征士の顔は、横に並んで座る当麻から直接はよく見えないのだが、窓ガラスに夜景と重なって映っている姿は何だか泣いているようにさえ見える。まさか本当に泣いているわけではないとは思うが。
「何だよ、お前。もしかして夕べ勃たなかったこと気にしてるのか?」
 近くの客の耳に入らないように、少し征士に身体を寄せ、声を潜めて当麻は言った。
「そうだ」
 低い声が返ってくる。
「そんなの仕事し過ぎて疲れてるだけだろ。気にするなよ」
「………」
「やりたい盛りの十代とは違うんだぞ。三十代ももう目の前なんだぞ? 俺たち」
 当麻はおしぼりを運んできた店員にグラスの生ビールを頼み、人を払う。
「だいたいお前はそっちは元気すぎるくらいなんだしさ」
「……私の元気はお前の迷惑か」
「そんなこと言ってないだろう」
 少しだけ顔を上げて、征士が当麻を睨み、当麻は口を尖らせる。確かに征士の方から夜のお付き合いを求められると、その半数は当麻が断るわけなのだが、それはもう付き合い初めからの習慣というか、お互いがそれを承知でバランスを取っているんだと当麻は思っているし、そうでない半数の機会は、どちらからともなく求めあっていると思う。決して受け身ではないつもりだ。
「こんな不甲斐ないことでは、お前に申し訳ない」
「何だよ、それ」
 今度は当麻がため息をつく。これがまた愛しいところではあるのだが、相変わらず自分への気の遣い方が想像の斜め上を行っているなと思う。
「俺のことはともかくさ。そんなに落ち込むもんなのかね、勃たないってのは」
 征士はもう顔すら上げない。
「お前にはわからん」
「ああ俺にはわからんさ。俺は勃たなくったって、ちっとも困らないしなぁ」
「………」
 その一言で、征士は完全にテーブルに伏せてしまった。嫌味半分、冗談半分で言った当麻の軽口が、何やら思いのほか征士に深く突き刺さったようで当麻は軽く焦る。
 しかし東京中の夜景を見下ろすようなこの場所で、これ以上この話題を引きずるのも何なので、当麻は当たり障りのない、今自分が仕事で取り組んでいる案件の進捗状況についての話題に切り替えて、企業秘密ギリギリのところを征士に面白おかしく話して聞かせた。
 征士もそれ以上、深く掘り下げる気にはならなかったようで、伏せていた顔を上げ、当麻の話を興味深そうに聞いた。ムードの欠片もないが、一応は楽しいデート的な体裁が整ったところで二人とも内心ホッとして、
「もう、部屋に行こうぜ」
 という当麻の一言でこの場は締めくくられた。



 エレベーターで最上階から幾階か下りた階にある一室のドアを開けたのは征士だが、どんな部屋なのかわくわくして早く中を見たい当麻が先に入る。広々とした居室と寝室に分かれたスィートルーム。
「すごいなぁ」
「ああ」
「二人でホテルに泊まるってだけでも久しぶりだろ。しかも都内でさ。贅沢だよな」
 居室から当麻は寝室を覗き込み、振り返って、おいでおいでと征士を手招きする。征士はスーツの上着を脱ぎ、テーブルの上に用意されていたシャンパンを開けて自分のグラスに注いでいるところだった。当麻の仕草に気付いた征士が当麻に並んで覗き込むと、寝室には大きなダブルベッドが一つ。高級ホテルらしく品の良い調度で、大きな枕が四つ並べられている。
「……ナスティも理解がありすぎるよな」
「……ダブルだったか」
「なー。俺もツインだと思って、思いっきり俺たち二人の名前でチェックインしてきたぞ。しっかりmaleにチェックもしちまったな。………あ」
「何だ?」
 当麻はチェックインした時のフロントマネージャーのお姉さんの視線の意味に思い当たり、ペロリと舌を出した。
「いや、何でもない」
「まぁ、理解があるのはありがたいことだ。せいぜい楽しませてもらうことにしよう」
「だな。先にシャワー使わせてもらうぞ」
「ああ」
 シャンパンを口にする征士の肩をひとつ小突いて、当麻はバスルームへ向かった。
 交代で征士が入っている間、当麻は寝室の窓の下に広がる夜景を眺めていた。さっき階上のバーから見たよりも更に輝きを増したように思える。言い古された言葉をあえて使うなら、さしずめ宝石箱をひっくり返したような、とでも言ったものか。この無数の灯りのもとに無数の人がいる。その全ての人達が自分のようにあたたかく幸せな気持ちでいるといいなんて、たわいもない甘いことをつい考えている自分に気づいて、一人苦笑いする。

✳︎

 腰にバスタオルを巻いた征士は灯りを落とした寝室へ戻ると、窓辺に立って外を眺めていた当麻をおもむろに抱きしめて口づける。迎えた当麻もそっと征士の背中に腕を回し、その熱いキスに応えた。
 二人は何も言わず、そのまま折り重なるようにしてベッドへ倒れこんだ。征士が当麻のバスローブの胸元を肌け、首筋から鎖骨へと舌を這わせる。膝の間に割って入り、ここから先の情熱的な愛撫をすっかり期待して立ち上がっている当麻自身にも優しく指を這わせる。
 と、そこで征士の動きは止まった。
「…………」
「…………どうした?征士」
「情けない……」
 ほとんど呻きに近い声とともに、どさりと征士の身体が当麻の上に覆い被さった。
 「あーらら。ダメっぽい?」
「…………ダメだ」
 当麻は自分にぐったりと全体重をかけている征士の肩を両手で掴むと、器用にくるりと身をかえし、上下を逆転する。
「あのさ。試してみたいことがあるんだけど」
「何だ」
「こっち……。やってみないか?」
 そう言って、当麻は征士の腰の下に手を差し入れた。
「こっちとはなんだ」
 征士は眉を寄せる。
「こっちだよ」
 差し入れられた当麻の長い指先が、征士の背骨を辿って尾骶骨を過ぎ、引き締まった双丘の狭間へと入っていく。
「勃たせたいんだろ? 試してみる価値はあるだろう。俺が言うんだから間違いない。……クるぜ?」
 光の具合によって深い青になる当麻の瞳が悪戯に輝く。思わず引き込まれそうになる、魅力的な青だ。
「馬鹿な」
「このまま勃たなきゃ、お前、困るんだろ?」
「………」
「 まぁ、任せてみなさいよ」
 ふふんと鼻先で笑う当麻はいかにも楽しそうだ。気分のどん底にいる征士にしてみれば腹立たしくはある。しかも上手く口車に乗せられて、遊ばれているような気もしないでもない。
 しかし自分がいつも当麻にしていることを当麻が自分にしようとしているだけだと思えば、ここで嫌だというのも我儘のようにも思えるし、甘んじて受け入れなければ不平等なのではないかという、妙な正義感も浮かんでくる。
 征士がそんなことを考えているうちに、当麻はベッドに仰向けになった征士の両脚の間に割って入り、顔を近づける。征士は焦ってそちらを覗き込もうとするが、その角度から当麻の顔はもう見えない。
「お前、まさかそんなところを舐めるつもりではあるまいな」
 征士の上げた鋭い声に、飄々とした声だけが返ってくる。
「何だよ、まさかって。いつもお前がやってることだろうが」
 そこに触れられたことがないわけではない。いつものベッドでだって、盛り上がりによっては当麻が征士のものを口に含みながら、その後ろの方まで軽く指で愛撫することはあった。だが舐められるのは初めてだ。自分がする分には抵抗など感じたことなどないのに、される方になると途端に平然としてはいられなくなる。
「やめろ」
 しかしその制止の声は小さくかすれ、征士の身体は抵抗を表現しない。とにかく勃ってもらわなければ。そのためにはどんなことだってという崖っぷちな覚悟と、いつもとは逆の考えたこともなかった立場でのセックスへの抵抗感とが征士の胸中でギリギリのせめぎ合いをしているのが当麻にもわかる。
「やめない」
 当麻だって勃ってくれればいいと思っている。でもそれは自分のためにではない、征士のためにだ。いつも征士のものを受け入れている当麻にすれば、どう転んだところで初めから普通のセックスではないわけで、征士のものが勃たないのなら他の形に変えればいいというだけのことなのだ。
 何よりも、いつもとは逆の立場を試す、こんなチャンスは今しかないかもしれない。そしてそんな好奇心よりももっと奥底の方から、当麻が今まで感じたことのない類の興奮が生まれてくる。
 生温かい当麻の舌が征士の中に割って入る。ここで力を入れて抵抗しても辛いだけだということはわかる。征士はため息とともに力を抜こうと試みた。しかし力を抜くと唇から吐息が漏れそうになる。それだけはどうにも耐え難く、下唇を噛み締めてぐっとこらえる。
 そんな征士の葛藤を、当麻は感じているのかいないのか。舌先で散々に解かれると、次は指が挿れられる。一本、そして二本。ローションをたっぷりとまぶした指先を温めながら、丁寧に。はじめは入口でクチュクチュと音を立てていた指が、不意に奥までぐっと突っ込まれる。
「うぁ………っ」
 思わず声は上がるが、それは決して気持ちがいいからではない。当麻の指が自分の中を探る。自分が同じことを当麻にすれば、当麻はいつもとても気持ち良さそうなのにと思う。自分が気持ち良くないのは、このようにされるのに不慣れだからなのか、それともそのような性質なのか。まさか当麻もいつもこんな風にに苦しいのだろうか。
 「やっぱ指じゃイマイチみたいだなぁ」
 当麻の声に征士がハッと我に返る。当麻は征士の中に指を残したまま征士の顔を上から眺めていた。いつの間に目を瞑ってしまっていたのか。何だかそんなことまでもがとても恥ずかしくて、征士は当麻と合った目を逸らす。しかし、
「じゃ、次に行ってみますか」
 という当麻の台詞にまた慌てて当麻を見た。当麻はベッドからひらりと降り、征士を振り返るとニッと笑った。

✳︎

「お前、持ってきてるんだろ? ゴム」
 ラブホテルではないから、当然部屋に避妊具など用意されてはいない。しかし二人一緒にホテルに泊まるのなら、征士がそれを用意していない筈はないという当麻の読みは当たった。
「鞄の内側のポケットに……。貴様、本当に挿れる気か」
「そうだけど?」
 当麻は裸のまま、寝室の入り口から見えているリビングのソファに置かれた征士の鞄を漁る。あったあったと嬉しそうにパッケージに入った避妊具を口に咥えて戻ってきた。
「楽しそうだな」
 肘を立てて身体を半ば起こした征士が当麻を睨む。
「楽しいよ。お前は楽しくないのか?」
 ぽすんとベッドに腰掛けると、当麻は鼻歌交じりに避妊具のパッケージを開ける。
「ゴムなんて付けるのも久しぶりだなぁ」
 征士は当麻がクルクルと避妊具をつける手元を黙って見ていた。つけてしまうと当麻は振り向くとベッドによじ上り、自分を見つめる紫の瞳に、まぶたの上からキスをした。そして、唇に。半ば開いたそこに舌を差し入れながら、征士の背中をベッドに押し付ける。息をする間を与えないくらいの、深い深い、口づけ。
「征士」
 長いキスの最後に愛おしげにその名を呼んでから、当麻は自身の先を征士の後孔に当てた。
 やはり無理だ、やめてくれと言えばきっと当麻はやめてくれるのだろうと思う。しかし当麻の目が『俺に耐えられたことが征士に耐えられないわけはないよな?』と言っているような気がして、征士は観念し、力を抜いた。
 「俺に申し訳ないって、お前は言ったけどさ」
 言いながら、当麻の先端が少しずつ征士に侵入する。
「俺はお前が二度と勃たなくなったって、ちっともかまやしないんだぜ?」
 時間をかけてゆっくりと緩められたそこは、そんなに抵抗をすることもなく当麻を飲み込んでゆく。
「……くっ」
「そうそう。うまいうまい。……流石だなぁ。肝が座ってるじゃん」
 優しく、しかし遠慮することもなく、当麻のものがすっかり根元まで納められた。当麻はそのまま征士の鼻先にキスをして、それからゆっくりと腰を揺らし始める。
「なぜ……かまわんのだ。こうすれば、いいと……いうことか」
 痛くはないが、ついさっきの指を挿れられていたのとはまた違う初めての感覚に、冷や汗が流れる。
「そうじゃないよ、征士。そりゃ一回くらい逆ってもんも試してはみたかったけどさ」
 当麻の息も弾む。当麻は気持ちがいいのだろうか。そしてこの異物感が快感に変わることがあるのだろうか。今の征士には、とてもそうとは思えない。
「お前はいつも……このように、苦しいの、か……?」
 征士の問いに、当麻は動くのをやめた。
「そう見えるか?」
 征士は当麻に貫かれたまま、肘をついて上半身を起こす。逆光になって表情のよく見えない当麻の向こうには夜景が広がっている。
「いや……。そうではないと、思いたいが」
「気持ちイイよ。いつも」
 当麻は汗で張り付いた征士の前髪をそっと掻き上げた。
「征士だって気持ちよくなるよ」
 当麻はそのまま征士を突き上げる。
「もっと酔えよ、俺に」
「………っ」
 指では届かなかった、征士の知らない征士のナカに当麻が届く。手応えを感じた当麻は、動きを増した。
「ぁ……。よせ、当麻……っ」
「自分のことなんて忘れろよ。ほら」
 征士の中に苦痛ではない何かが生まれ、急速に膨らんでいく。その感覚が恐ろしくて征士は当麻の腕を掴み、それでも最後の意地で目は見開いている。切なげに目を閉じた当麻が荒く息を吐くのが見える。その時。
 自分と当麻の腹の間にある、自身の高まりに気がついた。
「……征士。ほら……やったな」
 同時に気づいてニヤリと笑った当麻は、最後の坂を駆け上がろうと、更に激しく征士を揺さぶった。
「当麻、とめろ」
「……は?」
「もう大丈夫なようだ。感謝する」
 言葉とともに征士の両腕が当麻の腰を軽々と持ち上げた。中に入ったものがずるりと抜け出る時、征士の眉が切なげに寄せられたが、それは本当にほんの一瞬のできごとで、当麻に見られることはなかった。
 「この礼はたっぷりとさせてもらわなくてはな」
 そう言い終えた時にはすでに当麻は完全に征士の下に敷かれていて。
「何だよ。それじゃまるで、俺がお前に悪いことをしたみたいじゃないか。ていうか、何だよこれ。最後までやらせろよ!」

✳︎

 「当麻、朝だ。私は行くが」
 「……ん。………ん?」
 素肌に当たるいつもとは違うシーツの感触に、当麻は目を開けた。厚いカーテンの隙間から朝日が射し込んでいる。
 身体を少しだけ起こして声のする方を見ると、スーツにかっちりと身を包んだ征士がクローゼットから靴を出して履いているところだった。
「今日も仕事かぁ」
 目をこすりながら欠伸をし、当麻は身体を起こす。
「ああ。昨日サボった分を取り戻さなくてはな。お前はもう少しゆっくりしていくといい。予定はないのだろう?」
 「ん。そうする」
 すっかり調子を取り戻した征士に、あれから何回「礼」とやらを返されたのか、当麻は思い出してみようとしたが、最後の方はもう記憶が朧げで。その後数時間しか眠っていないはずなのに、実に爽やかにさっぱりとした征士の顔を見ると、疲れと眠気がどっとおしよせてくる。あの逆転のひと時は夢だったんだろうか。まったく勝った気がしない。
 「チェックアウトの時間を寝過ごさんようにな。どれだけ激しい夜だったのかと勘繰られるぞ」
 そう言って笑う征士に、
「あー。気をつけますー」
 と、げんなりとした返事を返して、当麻はまた布団をかぶって丸まった。チェックアウトの手続きを受けるのが、昨日チェックインした時のお姉さんじゃないといいなぁと思いながら目をつぶる。
 「いってきます」
「いってらっしゃーい」
 その声はもう半分以上夢の中から聞こえてくる。チェックアウト時刻の前に当麻のケータイに電話を入れてやらなくては。そんなことを仕事の段取りの中に予定を組み入れながら、征士は部屋のドアを開いた。








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