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【063】雪とチョコレート

緑青。
光輪愛風さまの征当バレンタイン企画
Secret Valentineに参加!



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大学前の定食屋で会計を済ませた後、もうすっかり顔馴染みになったおかみさんが、二人に一つずつ飴玉のような赤い小さな包みを握らせた。

「はい、これおばちゃんから。お兄ちゃん達は、もういっぱいもらっただろうけど」

「ありがとう」

「ごちそうさん、おばちゃん」

征士が古びたドアを押して先に出る。
当麻がぐるぐるに巻きつけたマフラーに顔をうずめながら、その後に続く。

夕方から降りだした雪は粉雪だったが、食事をしている短い間に歩道はうっすらと白く染まりかけていた。

「そう言えば、今日はバレンタインだったな」

「ああ、そうだなぁ」

当麻はニットの手袋をしたままの手で器用に赤い包みを開くと、一粒だけ入っていた小さなチョコレートを口に放り込んだ。

「もらったのか? 征士。チョコレート」

「ん?」

半歩先を歩いている征士が振り返る。

「さっき一緒にもらったではないか。ビール一杯で酔っているのか」

「そうじゃない。……昼間さ。もらったんだろう? バレンタインだから」

口の中でコロコロとチョコレートを転がしながら、当麻は言った。
やはり少し酔っているのかもしれない、と思う。
だから、こんなことが気になるのかもしれない、と思う。

「ああ、いくつかな」

興味がなさそうに、歩きながら征士は答える。
雪が肩に舞っている。
征士はそのまま無言で歩き、当麻も無言で後に続いた。

「チョコレートは食べないのだ」

しばらくして呟くようにそう言って立ち止まると、征士はコートのポケットから、さっきもらった包みを取り出して、つられて後ろで立ち止まっている当麻にひょいと渡した。

「お前は好きだろう」

「ああ」

当麻は渡された赤い包みを手のひらに載せて、街灯でキラキラと光るそれをしばらく眺めると、宝物のようにそっと指を折って握り、ブルゾンのポケットにしまった。

また連れ立って雪の中を歩く。
駅に向かって公園を横切る。

「あったかいもん、飲みたいなぁ」

照明が点滅する、古びた自動販売機を見ながら当麻が言った。

(もう少し、一緒にいたい)

「そうだな。雪見でもして行くか」

賛成した征士が自販機にコインを入れている間に、当麻は近くのベンチに薄く積もった雪を払って座る。
征士の背中に向かって声をかける。

「俺、コーヒーね。甘いやつ」

「どうして私がお前の分まで買わなくてはならないのだ」

「お前はたっぷり仕送りをもらっているだろう。 貧乏学生にコーヒーの一本くらい奢っても、バチは当たらないぞ?」

「相変わらず図々しい奴だ」

そう言いながら、征士は当麻にクリームのたくさん入ったコーヒーのショート缶を手渡す。
そして当麻の隣に腰掛けると、自分のコーンスープの缶を手袋をしない両手で包んで手を温める。

「そんなもの飲むのか」

当麻が黄色い缶を覗き込む。

「そんなに飲みたくもないのだが。温かくて甘くないものが、これくらいしかない」

「まぁ、そうだな」

当麻はコーヒーのプルトップに指をかけようとしたが、手袋をしたままではうまくいかず、かといって手袋をとるのも億劫で、とりあえず征士と同じように手を温めるのに使うことにした。

公園の広場には誰もいない。
だんだんと真っ白になっていく広い芝生を、当麻はただ眺めていた。
すぐ隣に、征士の暖かさを感じながら。


征士が自分の知らない誰かからもらったというチョコレート。

昼間、自分が同じゼミの女の子からもらったチョコレート。

渡してくれた時のその子の赤くなった頬。

今、手の中にあるコーヒーの温もり。

自分の気持ち。

積もっていく雪。

バレンタインデーの夜。


当麻はコーヒーの缶を傍らに置くと、ポケットに手を突っ込んで、さっき征士にもらった赤い包みのチョコレートを取り出すと、またカサカサと包みを開けて、口の中に放り込んだ。

「征士」

「?」

急に名前を呼ばれて振り向いた征士の首に腕を回し、勢いで口づける。
やっぱり自分は相当酔っているのだ、と当麻は思う。
でなければ、こんなことができるわけがない。

何が起きたのかわからない征士は、抱き返すことも、瞳を閉じることさえもできず、ただ固まったまま当麻にされるがままになっている。

ただ重ね合わせるだけのキスから、征士の唇を舌で割り開き、当麻はまだ冷たいまま溶け出さないチョコレートを征士の口に押し入れた。

そしてそのままそのチョコレートを追って、温かい舌を征士の中に差し入れる。
拒絶しない征士を訝しみながら。
そんなこと、考えないようにしながら。
角度を変えて深く、深く。

二人の口に、鼻腔に、安っぽいチョコレートの甘さが広がる。
征士も、目を閉じた。





チョコレートがすっかり溶けてなくなると、当麻は甘いため息とともに、ようやく征士から離れた。
二人はまた前を向いて、しばらく黙って座っていた。

当麻は手袋を外すと、コーヒーのプルトップを開けて一口飲んだ。
甘いコーヒーはぬるくなっていたが、手はもう冷たくはなかった。

「何の冗談だ」

怒っているのか、困っているのか判断のつきかねる声で征士が口を開いた。

「悪かった。忘れてくれ。そしてできれば……。できれば今のことはなかったことにして、これからも友人でいてくれると嬉しい」

意外とサバサバとした声が出せたことに、当麻は自分で驚いた。
本当は泣き出したい気分だった。

なんだ。
俺は征士が好きだったんだ。
自覚した途端に、もう終わりかもしれないが。

「そうもいかないよな」

そのまま立ち上がり、征士の顔は見ないで立ち去ろうと思った。
早く気がつけばよかった。
気がついて、こんな日に会うのはやめておけばよかった。

その立ち上がりかけた当麻の手首を、征士は強く握って止めた。

「待て」

「いやだ」

征士の落ち着いた声を聞いて、当麻の中のいたたまれなさが急速に膨らんで押しつぶされそうになる。

「悪くなどない。おかしいとも、気持ち悪いとも思わない自分に、今、驚いているところだ」

手首を掴まれたまま中腰に立ち上がった当麻が、征士に向かい合って、その目を見つめる。
当麻の力が抜けたのを感じて、征士もその力を緩めた。

「確か……。バレンタインデーの告白の返事は、ホワイトデーにすれば良いのだったな。それまで待てるか」

「待てるかって……どういう……」

目を見開いて驚く当麻の顔に、征士は思わず微笑んでしまう。
突拍子のない男だとは思っていたが、よもやこれほどとは。

「考える時間を与えろ。私の頭はお前のように速くは回らないのだ」

征士は立ち上がると、当麻の頭に積もってきた雪をそっと払い落とす。

「行こうか」

「ああ」

積もった雪が、サクサクと足元で音を立てる。
二つの足跡が並んで、駅へと続いて行く。






おわり



**********



あの当時、缶コーヒーにブラックってなかったよなぁ、とか、ペットボトル出だしたのいつだったっけとか、考えながら書いていました。
チョコレートの日。
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