たいいくのひ
since November 22th 2012
【050】訪問者
征士さん既婚。
不倫…なのかな?
あまりの微妙さに閲覧注意です。
征当です。
**********
綺麗にネイルアートが施された細い両の指が、当麻の首の後ろにまわされて組まれる。
「今夜は泊まって行こうかな」
「ああ」
当麻は、その指の持ち主の額にかかった明るい栗色の長い髪をすき上げると、その白い額にキスをする。
その唇は彼女の整った鼻の頭に落ち、口角をわざとかすめて首筋へと移る。
うふん、と女から小さな吐息が漏れる。
その時インターホンが鳴った。
ありふれたチャイム音に顔を上げた当麻がもう一度向き直って彼女の唇にキスを落とすと、女はするりと当麻から離れ、「何か作ろうかな」と鼻歌交じりにキッチンへと向かう。
当麻は白い壁にかかった受話器をとり、耳にあてる。
「はい?」
それ以上当麻は声を発さずに、受話器を壁に掛け直した。
「悪い」
冷蔵庫を開けて中を覗き込んでいる彼女の後ろ姿に声をかける。
「ん?」
薄暗い夕方のキッチンで、明るい箱の中から玉子とアボカドを取り出した彼女は、そのまま当麻を振り返り小首を傾げる。
「今日、帰ってくれる?」
「誰が来たの?」
「ん、昔のトモダチ」
「ふうん」
前触れもなく突然訪れるような旧知の友が来たにしては、嬉しそうでも嬉しくなさそうでもない当麻の様子に違和感を感じて、女は腑に落ちないという顔をする。
「昔のお友達じゃ仕方ないけど…。どういう関係の人? 大阪の?」
「んー。とにかく帰って」
さっきまで甘い言葉を囁いたままの口調の中に氷温を感じて、女は手にした食材をまた冷蔵庫に戻す。
「帰るね」
「賢い女の子は好きだな」
「また電話する」
「こっちからするよ。しばらくできないかも」
女の口から次に出てきそうな言葉を、当麻は唇でふさぐ。
せめて見送ろうと当麻がドアを開けるのと、スーツ姿の征士が外からドアノブに手をかけたのは同時だったらしい。
女は征士の美貌に一瞬目を見張ったが、「どうも」と会釈をしてドアを出る。
征士は黙ってそれを見送り、マンションの狭い玄関に入った。
「飯は?」
靴を脱ぐ征士を見下ろして、当麻がたずねる。
「久しぶりに会った第一声はそれか」
「飯、食ったの?」
「腹は空いていないな。妙な時間に昼飯だったからな」
「あ、そ」
征士はソファに荷物を置いて、ネクタイを緩める。
「今回は二泊?」
その荷物の大きさを見て当麻が言う。
「ああ。昨日は大阪だった。今日は埼玉の方へ行ってきた。明日は都内だ」
「相変わらず、お忙しいことで」
「シャワー、借りるぞ」
勝手知ったる当麻の部屋で、征士は浴室に消える。
当麻は冷蔵庫からビールを取り出して一口飲む。
それからまた冷蔵庫を覗き、アボカドを一つ取り出した。
シーツはいつ替えたんだったか。
アボカドに包丁を入れながら、ふと考える。
征士は仙台に本社がある小さな会社の営業をしていて、東京出張のたびに必ず当麻のマンションを訪れる。
一晩に幾度も当麻を抱く。
二十歳をすぎた頃から始まったこの関係は、なぜかずっと変わらずにもう十年も続いてきた。
「奥さん元気?」
「ああ」
「莉子ちゃんと壮太君は?」
「ああ…莉子が生意気になってきたな」
「ふぅん」
アボカドをつまみにビールを飲みながら、ポツリポツリと話す。
「風呂、入ってくるわ」
「ああ」
シャワーを浴びながら、当麻の頭は考える。
年に数回のこの逢瀬の意味は何なのだろう。
自分はなぜ、征士を待っているのだろう。
そもそも、待っているのだろうか。
ベッドに横たわるとすぐに、征士の香りと体温に包まれる。
「あの女とやってたのか」
「いいや、誰かさんが来たからな。これからいいとこだったんだけど」
口づける。
それに応える。
「美人だったな」
「お前ほどじゃないさ。もう…別れるよ」
「ん?」
「彼女。そろそろヤバイかなと思ってたとこだったしさ」
「そうか」
深入りする前に別れる。
征士以外の誰かを好きになってしまわないように。
おかげで知った女は両手の指には納まらない。
「好きだ、当麻」
「俺もだよ、征士」
「ちゃんと言ってくれ」
「好きだよ、征士」
自分の気持ちも、言葉で確認する。
好きなのだ。
好きでなければ、こんなことはできない。
何もかもが狂っている。
こんなこと。
「気をつけて」
「ああ」
翌朝、朝食もとらずに征士は去って行く。
次の約束もせずに。
もう征士は来ないかもしれない。
来ない方がいい。
来て欲しい。
来ないで欲しい。
当麻はまた寝室に戻るとベッドに転がる。
ベッドサイドの携帯を見ると、彼女からのメールが入っているらしい。
それを携帯ごとゴミ箱に放り込んで、当麻は目を閉じた。
おわり
**********
たまにはこんな。
ダメな二人。
不倫…なのかな?
あまりの微妙さに閲覧注意です。
征当です。
**********
綺麗にネイルアートが施された細い両の指が、当麻の首の後ろにまわされて組まれる。
「今夜は泊まって行こうかな」
「ああ」
当麻は、その指の持ち主の額にかかった明るい栗色の長い髪をすき上げると、その白い額にキスをする。
その唇は彼女の整った鼻の頭に落ち、口角をわざとかすめて首筋へと移る。
うふん、と女から小さな吐息が漏れる。
その時インターホンが鳴った。
ありふれたチャイム音に顔を上げた当麻がもう一度向き直って彼女の唇にキスを落とすと、女はするりと当麻から離れ、「何か作ろうかな」と鼻歌交じりにキッチンへと向かう。
当麻は白い壁にかかった受話器をとり、耳にあてる。
「はい?」
それ以上当麻は声を発さずに、受話器を壁に掛け直した。
「悪い」
冷蔵庫を開けて中を覗き込んでいる彼女の後ろ姿に声をかける。
「ん?」
薄暗い夕方のキッチンで、明るい箱の中から玉子とアボカドを取り出した彼女は、そのまま当麻を振り返り小首を傾げる。
「今日、帰ってくれる?」
「誰が来たの?」
「ん、昔のトモダチ」
「ふうん」
前触れもなく突然訪れるような旧知の友が来たにしては、嬉しそうでも嬉しくなさそうでもない当麻の様子に違和感を感じて、女は腑に落ちないという顔をする。
「昔のお友達じゃ仕方ないけど…。どういう関係の人? 大阪の?」
「んー。とにかく帰って」
さっきまで甘い言葉を囁いたままの口調の中に氷温を感じて、女は手にした食材をまた冷蔵庫に戻す。
「帰るね」
「賢い女の子は好きだな」
「また電話する」
「こっちからするよ。しばらくできないかも」
女の口から次に出てきそうな言葉を、当麻は唇でふさぐ。
せめて見送ろうと当麻がドアを開けるのと、スーツ姿の征士が外からドアノブに手をかけたのは同時だったらしい。
女は征士の美貌に一瞬目を見張ったが、「どうも」と会釈をしてドアを出る。
征士は黙ってそれを見送り、マンションの狭い玄関に入った。
「飯は?」
靴を脱ぐ征士を見下ろして、当麻がたずねる。
「久しぶりに会った第一声はそれか」
「飯、食ったの?」
「腹は空いていないな。妙な時間に昼飯だったからな」
「あ、そ」
征士はソファに荷物を置いて、ネクタイを緩める。
「今回は二泊?」
その荷物の大きさを見て当麻が言う。
「ああ。昨日は大阪だった。今日は埼玉の方へ行ってきた。明日は都内だ」
「相変わらず、お忙しいことで」
「シャワー、借りるぞ」
勝手知ったる当麻の部屋で、征士は浴室に消える。
当麻は冷蔵庫からビールを取り出して一口飲む。
それからまた冷蔵庫を覗き、アボカドを一つ取り出した。
シーツはいつ替えたんだったか。
アボカドに包丁を入れながら、ふと考える。
征士は仙台に本社がある小さな会社の営業をしていて、東京出張のたびに必ず当麻のマンションを訪れる。
一晩に幾度も当麻を抱く。
二十歳をすぎた頃から始まったこの関係は、なぜかずっと変わらずにもう十年も続いてきた。
「奥さん元気?」
「ああ」
「莉子ちゃんと壮太君は?」
「ああ…莉子が生意気になってきたな」
「ふぅん」
アボカドをつまみにビールを飲みながら、ポツリポツリと話す。
「風呂、入ってくるわ」
「ああ」
シャワーを浴びながら、当麻の頭は考える。
年に数回のこの逢瀬の意味は何なのだろう。
自分はなぜ、征士を待っているのだろう。
そもそも、待っているのだろうか。
ベッドに横たわるとすぐに、征士の香りと体温に包まれる。
「あの女とやってたのか」
「いいや、誰かさんが来たからな。これからいいとこだったんだけど」
口づける。
それに応える。
「美人だったな」
「お前ほどじゃないさ。もう…別れるよ」
「ん?」
「彼女。そろそろヤバイかなと思ってたとこだったしさ」
「そうか」
深入りする前に別れる。
征士以外の誰かを好きになってしまわないように。
おかげで知った女は両手の指には納まらない。
「好きだ、当麻」
「俺もだよ、征士」
「ちゃんと言ってくれ」
「好きだよ、征士」
自分の気持ちも、言葉で確認する。
好きなのだ。
好きでなければ、こんなことはできない。
何もかもが狂っている。
こんなこと。
「気をつけて」
「ああ」
翌朝、朝食もとらずに征士は去って行く。
次の約束もせずに。
もう征士は来ないかもしれない。
来ない方がいい。
来て欲しい。
来ないで欲しい。
当麻はまた寝室に戻るとベッドに転がる。
ベッドサイドの携帯を見ると、彼女からのメールが入っているらしい。
それを携帯ごとゴミ箱に放り込んで、当麻は目を閉じた。
おわり
**********
たまにはこんな。
ダメな二人。
PR
index / what's new
(10/10)
(05/16)
(04/24)
(01/14)
(06/26)
(04/30)
(04/17)
(04/16)