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【112】故郷

季節外れですが。
これは以前、どっちつかずのため、書き出したきっかけから青緑カテゴリでアップしていた話。

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仙台の伊達の実家に行くことは、年に数回の当麻のとっておきの楽しみである。

出張で東北に行く機会があれば、征士が同行していなくても立ち寄って、勧められるがままに泊まってしまうくらい好きなのだ。

毎年五月の連休には二人で一緒に仙台に行っていたのだが、今年は征士が仕事を休めないと言う。
当麻はどうしたものか一瞬は悩んだのだが、征士の母からの「当麻さんだけでもいらっしゃいな」という嬉しい電話にほいほい乗って、恨めしそうに仕事に出かける征士と駅で別れ、一人で仙台までやってきた。

具体的に仙台での当麻の楽しみは三つある。

ひとつは征士の母の作る上品な和食の夕餉。
そのこしらえを手伝いながら征士の母が語ってくれる、征士の話。
母の腹の中にいた時のことから、病弱で女児の格好をさせられていたという幼少の頃、剣道に目覚めた少年時代、そして戦いのために家を出るまで。
そんな一通りのことはもう空で言えるほど聞いたが、同じことを何度でも聞く。
そのたびに少しずつ新たに思い出され、差し挟まれる小さな小さな思い出がおかしくて可愛らしくて。
行くたびに古くて新しい征士が降り積もっていく。

弓をひく機会があること。
征士の父が当麻を市の弓道場に連れて行ってくれる。
征士の母が当麻のためにあつらえた男物には珍しい薄紫の袴姿で、当麻は丁寧に的に命中させていく。
剣道一筋の征士の父は弓の経験はないのだが、当麻の後ろにずっと立って時々気づいたことをぽつりと助言する。
その助言は実に当を得ているのだ。

そして何より一番の楽しみは、征士の祖父とさす将棋だ。
かつて征士との関係をなかなか許してくれない祖父に当麻は将棋で挑んだ。
祖父の将棋の腕は確かで、次々に先を読む当麻の頭脳でもたやすく太刀打ちできるものではなかった。
当麻は何度も何度も仙台に足を運び、その度に盤を挟んで向かい合った。
祖父は当麻の挑戦を一度も断ることはなかった。
対局を重ねるうちに当麻もそのうちの幾度かは勝てるようになる。
いつどんな言葉で当麻のことを認めてくれるようになったかを、なぜか当麻は覚えていないのだが、仙台に出向くたびに必ず祖父は縁側で当麻を待っていてくれる。
「今回は、勝ち逃げは許さんからの」
そう言って笑う祖父に、当麻も笑顔で応える。
見事な藤棚を眺める伊達家の陽当たりの良い縁側での正月以来の対局は、どちらに軍配が上がるのか。
藤の花に誘われてきた熊蜂が、二人の対局を見守っている。



おわり
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