たいいくのひ
since November 22th 2012
【002-03】しるし (3)
この話はこちらの続きです。
**********
「伸、すまないが相談にのってほしいことがある。東京まで出向くので、会ってもらえないだろうか」
三年間ひとつ屋根の下で一緒に生活してどんなに仲良くなっても、堅苦しい話し方が変わらない不器用なあいつから珍しく電話があったのは、先月半ばのことだった。
なにやら僕にしか話せない相談なのだと言う。
電話では、できない話なのだと言う。
なんだろう。
…それから、なんで僕なんだろう。
確かに僕は五人の中では一番、人生相談の相手には向いているかもしれないけど。
僕はそのとき、仕事が忙しくて週末は会えないという連絡を彼女からもらったばかりで、ちょっとくさくさしているところだったので、わざわざ彼に上京させず、僕が彼のところまで出向くことにした。
土曜日の夕方、新幹線で大きなターミナル駅に着いた。
どんなに寒いのかと身構えていた11月の仙台は、駅から外へ出てみても東京とあまり変わらなかったので拍子抜けした。
せっかく真冬のコートを着てきたのに。
駅のデッキから眺める街は東京より少しだけ秋が深まって見える。
彼は改札口まで迎えに来てくれて、二人で駅から少し離れた雰囲気の良い日本酒の店に入った。
カウンター席に並んで座り、お互いの仕事の話や、実家の家族の話、遼や秀、ナスティや純の話をする。
話すうちに段々とぼくの中にある違和感が募ってくる。
彼以外の仲間はみんな関東にいて連絡を取り合っているので、
聞かれれば彼らの情報を僕が話す形になる。
でも、彼の口から一切当麻の名前が上らないのだ。
僕から当麻の話題をふっても、そこだけ不自然に乗ってこない。
柳生邸ではずっと同室だった二人だ。
これまでの五人の付き合い方からいっても、そもそも何か悩みや相談事があるのなら僕より当麻に話すんじゃないだろうかと思う。
なのに、たまたま会ったときにというならともかく、わざわざ東京と仙台の距離を渡ってまで僕に相談しようとすることが、そもそも不自然だった。
相談って、当麻がらみのことなんだろうか。
「あのさ、何があったの?」
とりとめのない話が一段落したとき、僕は単刀直入に聞いた。
ここまで来て、大切な話ができないんじゃ意味がない。
「ああ・・・」
彼は男の僕から見ても綺麗だと思う、睫毛の長い切れ長の目を伏せて、いつも自信たっぷりの彼には似合わないつぶやくような声で話し始めた。
「実は…東京に住んでいる友人がこの前の日曜に私に会いに仙台に来たのだ。…夜、駅のホームまで来いと連絡があって。短い時間で何やら一生懸命に話してはくれたのだが、まったく要領が得ない…」
東京に住んでいる友人。
これはさっきからずっと不自然に避けている当麻のことなのだろうか。
だとすれば、どうしてこんな遠回しな言い方をするんだろう。
「うん」
「それが…どうやら…」
彼はそう言うと次の言葉を一瞬ためらった。
が、意を決して言葉をつないだ。
「私のことが…好きだと…」
「え?」
当麻の話を始めていると思っていたのに、女の子の話だったのかと僕は面食らう。
「友人って、女の子か」
僕がそう言うと、にわかに彼の色白の頬や耳が赤くなる。
酒に強いこいつだ。
飲んでいる日本酒のせいでは、たぶん、ない。
「いや…」
「ん?」
「違うのだ」
つぶやくような声で、あいつは言った。
「え?」
またもや思いも寄らない話の展開に、僕は聞き返した。
「女では…ない」
「女じゃないって…じゃあ、男?」
「ああ。それで…私のことが好きだと…どうやら、そう言ったのだ。それが…どういう意味なのか…」
「どういうって…」
わざわざ日曜の夕方に仙台まで飛んできて、友情の誓いを立てたということでもあるまい、とは思う。
目の前にいる彼の、目を伏せて、大変わかりにくくはあるけれども、心なしか恥ずかしそうな様子を見ても、そういう話ではなさそうだ。
…ああいう、話なのか。
「聞いてくれるか? 伸」
「…うん」
「電話でも言った通り、他の誰にも話してはいない。今日、今、初めて人に相談するのだ。」
「うん」
「そもそも人に打ち明けて相談するべきことではないのかもしれない。…だが、己の中だけで考えても苦しくなるばかりで、答えが出ない」
「うん」
僕は小皿からはねてテーブルを汚している、醤油の一点を見つめながら、次に来るだろう言葉に身構えた。
「男の友人に好きだと言われた。そして私は…おそらくその男のことを愛している、と思う」
「………」
黙ってしまうべきではない。何か言わなくちゃ。
重大な秘密を聞かせてくれた目の前の彼は沈黙を望んでいないと思うのだが、あまりのことに何も言うことができない。
「なぜ男を相手にそんな感情を抱くのか…,母や姉や妹や、周りの女性が皆、強すぎるせいかもしれないな」
彼はうつむいたままフッと小さく笑った。
笑ってる場合じゃないだろ…僕はめまいがしそうだった。
性同一性障害とか、男同士の恋愛とかってことに対して、自分では特に偏見を持っていないつもりだったし、どちらかというと理解がある方だと思っていた。
でもそれは、身近にそういう存在がいなかった(気づいていないだけかもしれないけど)からだと、その瞬間に思い知った。
すぐ隣にいる、お互いのことをよく知っていると信じていた親友が、急に現実の人間ではないように思えた。
ありていに言えば、ショックだった。
悪い夢を見ているような気がした。
* ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ *
「いつからなの? …その…友達のこと、好きになったのって…」
そういうこともあるよね、と。
あまり驚かなかったふりをしているつもりなんだけど、できているだろうか。
「高校を卒業して、柳生邸での合宿生活を終えた後だ。大学で、私も人並みに女性と付き合ったりするのだろうと思っていた。しかし何人もの女性から交際を求められたが、ちっとも気持ちが動かなかった」
この容姿ならモテるよな、と僕は改めて彼の白い彫刻のような横顔を眺める。
中身は結構、変なヤツなんだけどさ。
「それは、まだそうなるべき女性に出会ってないだけなのだ、と思っていたのだが…」
「うん、まぁ、どんなに好きだって言われたって、誰でもいいってわけじゃないからね」
僕は適当な相槌を打つ。
「その…友人とは、こちらから出向いたり、あちらから遊びに来たりして、たまに会うこともあったのだが…そのたびに思い知らされていた。私が、その友達を愛しているということを」
愛している。
その言葉を言う彼の顔は、もう恥ずかしがっても照れてもなく、いつものように毅然として前を向いていた。
僕にそこまで話したことで、彼の中で何かを消化することができたのかもしれない。
凛とした彼の横顔は、やはり美しかった。
「あのさ」
僕は聞いてみた。
「キミはその…女の子は、好きにならないわけ?」
「………」
彼は少し考え込んだ。
「そうではない、と思う。今までだって女性に対して恋心を抱いたことは幾度もあった」
「ふうん」
「ただ、その友人と出会ってからは、そのようなことがないように思うのだ」
運命の人、という単語が僕の頭の中に浮かんだ。
出逢ってしまったら、自分ではどうしようもなく、ただただ魅かれあってしまう、運命の人。
「そうか…でも…好きだって言ってくれたんだよね? その友達が」
こいつの言っているその運命の人は、当麻のことだと思う。
まだちょっと信じたくはないけれど。
「ああ。おそらく…そうだと思ったのだが…」
「おそらくって、なにさ?」
それでも何食わぬ顔をして(いられていると思う)相談に乗っている自分がちょっと嫌になりながら、それでも話を聞く。
「その友達には彼女がいるというのだ…」
そう言うと、彼はまた目を伏せた。
「…ふうん…」
確かにね。
当麻には彼女がいると思う。
一度に二人いた、という話は聞かないが、とっかえひっかえ、何人もの女の子と付き合っているらしいことは、たまにしか合わなくてもわかる。
「そいつは女の子と付き合ってるのに、キミのこと、好きだっていったわけ…?」
「ああ…。付き合っている彼女がいる、と」
「なんだよそれ。…キミは、どうしたいの?」
「…わからない…」
「…本人に、聞いてみなかったの?」
「…本人は…本人は、それだけ言うと、帰ってしまったのだ」
「なんだよそれ」
僕はまた同じセリフを言ってしまった。
でも、それしか言いようがなかった。
わけがわからない。
「そもそもホームまで人を呼び出して、新幹線から降りてきたと思ったら隣のホームへ早歩きして、そこで話をして、すぐに来た最終の新幹線に乗って帰ってしまうまでが、六分間だ」
「なんだよ、それ!」
また言ってしまった。
しかし、呆れた。
「それから、なんの連絡も…ないの?」
「…ああ」
僕は深いため息をついた。
「で、キミも彼に、連絡はしていないわけ?」
「ああ」
「どうして?」
「…私は…傷つくのが怖いのかもしれないな。これ以上自分が傷つくことがないように、友人の言うことを自分の良いように解釈して、宙ぶらりんのままにしているのかもしれない」
今まで見たこともない悲しげな顔をしていた。
長い付き合いだが、こんなに悩み、傷ついている彼を見るのは、初めてかもしれないと思った。
「それなのに、お前にこんなことを打ち明けて…。私は一体何がしたいのだろうな」
強くて美しくて、普通に女の子と恋愛していれば、なにも悩むことなどないだろうに。
どうしてこの二人は(相手が本当に当麻だとすれば、だけど)わざわざこんなイバラの道へ入っていくのだろう。
あの戦いの傷が、彼らをそうさせるんだろうか。
だとしたら、なんだか気の毒すぎる。
男同士でどうこうしたって、なんの生産性もないのに、と思う。
でも今の僕と彼女の間に、生産性なんてあるのかな。
それからしばらく、話を聞いたり慰めたりしながら酒を飲んだ。
とても美味しい日本酒のはずなのに、ほとんど味がわからなかった。
彼の口から最後まで「当麻」の名前は出てこなかった。
「それって当麻のこと?」
僕がそう一言聞けば、彼は答えてくれたのかもしれない。
彼は、僕がそう聞くのを待っていたのかもしれない。
でも、なんだか最後まで僕は聞けなかった。
彼は実家に泊まっていくように勧めてくれたが、まだ終電が間に合ったので東京に帰ることにした。
とにかく一人で考えたかったし、彼女に会いたかった。
帰ったら、折を見て当麻に会って話を聞こう。
確かめたくないけど、確かめなければいけない気がしていた。
(4)へつづく
次回、最終話です。
サイト始動日、22日にupします。
「伸、すまないが相談にのってほしいことがある。東京まで出向くので、会ってもらえないだろうか」
三年間ひとつ屋根の下で一緒に生活してどんなに仲良くなっても、堅苦しい話し方が変わらない不器用なあいつから珍しく電話があったのは、先月半ばのことだった。
なにやら僕にしか話せない相談なのだと言う。
電話では、できない話なのだと言う。
なんだろう。
…それから、なんで僕なんだろう。
確かに僕は五人の中では一番、人生相談の相手には向いているかもしれないけど。
僕はそのとき、仕事が忙しくて週末は会えないという連絡を彼女からもらったばかりで、ちょっとくさくさしているところだったので、わざわざ彼に上京させず、僕が彼のところまで出向くことにした。
土曜日の夕方、新幹線で大きなターミナル駅に着いた。
どんなに寒いのかと身構えていた11月の仙台は、駅から外へ出てみても東京とあまり変わらなかったので拍子抜けした。
せっかく真冬のコートを着てきたのに。
駅のデッキから眺める街は東京より少しだけ秋が深まって見える。
彼は改札口まで迎えに来てくれて、二人で駅から少し離れた雰囲気の良い日本酒の店に入った。
カウンター席に並んで座り、お互いの仕事の話や、実家の家族の話、遼や秀、ナスティや純の話をする。
話すうちに段々とぼくの中にある違和感が募ってくる。
彼以外の仲間はみんな関東にいて連絡を取り合っているので、
聞かれれば彼らの情報を僕が話す形になる。
でも、彼の口から一切当麻の名前が上らないのだ。
僕から当麻の話題をふっても、そこだけ不自然に乗ってこない。
柳生邸ではずっと同室だった二人だ。
これまでの五人の付き合い方からいっても、そもそも何か悩みや相談事があるのなら僕より当麻に話すんじゃないだろうかと思う。
なのに、たまたま会ったときにというならともかく、わざわざ東京と仙台の距離を渡ってまで僕に相談しようとすることが、そもそも不自然だった。
相談って、当麻がらみのことなんだろうか。
「あのさ、何があったの?」
とりとめのない話が一段落したとき、僕は単刀直入に聞いた。
ここまで来て、大切な話ができないんじゃ意味がない。
「ああ・・・」
彼は男の僕から見ても綺麗だと思う、睫毛の長い切れ長の目を伏せて、いつも自信たっぷりの彼には似合わないつぶやくような声で話し始めた。
「実は…東京に住んでいる友人がこの前の日曜に私に会いに仙台に来たのだ。…夜、駅のホームまで来いと連絡があって。短い時間で何やら一生懸命に話してはくれたのだが、まったく要領が得ない…」
東京に住んでいる友人。
これはさっきからずっと不自然に避けている当麻のことなのだろうか。
だとすれば、どうしてこんな遠回しな言い方をするんだろう。
「うん」
「それが…どうやら…」
彼はそう言うと次の言葉を一瞬ためらった。
が、意を決して言葉をつないだ。
「私のことが…好きだと…」
「え?」
当麻の話を始めていると思っていたのに、女の子の話だったのかと僕は面食らう。
「友人って、女の子か」
僕がそう言うと、にわかに彼の色白の頬や耳が赤くなる。
酒に強いこいつだ。
飲んでいる日本酒のせいでは、たぶん、ない。
「いや…」
「ん?」
「違うのだ」
つぶやくような声で、あいつは言った。
「え?」
またもや思いも寄らない話の展開に、僕は聞き返した。
「女では…ない」
「女じゃないって…じゃあ、男?」
「ああ。それで…私のことが好きだと…どうやら、そう言ったのだ。それが…どういう意味なのか…」
「どういうって…」
わざわざ日曜の夕方に仙台まで飛んできて、友情の誓いを立てたということでもあるまい、とは思う。
目の前にいる彼の、目を伏せて、大変わかりにくくはあるけれども、心なしか恥ずかしそうな様子を見ても、そういう話ではなさそうだ。
…ああいう、話なのか。
「聞いてくれるか? 伸」
「…うん」
「電話でも言った通り、他の誰にも話してはいない。今日、今、初めて人に相談するのだ。」
「うん」
「そもそも人に打ち明けて相談するべきことではないのかもしれない。…だが、己の中だけで考えても苦しくなるばかりで、答えが出ない」
「うん」
僕は小皿からはねてテーブルを汚している、醤油の一点を見つめながら、次に来るだろう言葉に身構えた。
「男の友人に好きだと言われた。そして私は…おそらくその男のことを愛している、と思う」
「………」
黙ってしまうべきではない。何か言わなくちゃ。
重大な秘密を聞かせてくれた目の前の彼は沈黙を望んでいないと思うのだが、あまりのことに何も言うことができない。
「なぜ男を相手にそんな感情を抱くのか…,母や姉や妹や、周りの女性が皆、強すぎるせいかもしれないな」
彼はうつむいたままフッと小さく笑った。
笑ってる場合じゃないだろ…僕はめまいがしそうだった。
性同一性障害とか、男同士の恋愛とかってことに対して、自分では特に偏見を持っていないつもりだったし、どちらかというと理解がある方だと思っていた。
でもそれは、身近にそういう存在がいなかった(気づいていないだけかもしれないけど)からだと、その瞬間に思い知った。
すぐ隣にいる、お互いのことをよく知っていると信じていた親友が、急に現実の人間ではないように思えた。
ありていに言えば、ショックだった。
悪い夢を見ているような気がした。
* ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ *
「いつからなの? …その…友達のこと、好きになったのって…」
そういうこともあるよね、と。
あまり驚かなかったふりをしているつもりなんだけど、できているだろうか。
「高校を卒業して、柳生邸での合宿生活を終えた後だ。大学で、私も人並みに女性と付き合ったりするのだろうと思っていた。しかし何人もの女性から交際を求められたが、ちっとも気持ちが動かなかった」
この容姿ならモテるよな、と僕は改めて彼の白い彫刻のような横顔を眺める。
中身は結構、変なヤツなんだけどさ。
「それは、まだそうなるべき女性に出会ってないだけなのだ、と思っていたのだが…」
「うん、まぁ、どんなに好きだって言われたって、誰でもいいってわけじゃないからね」
僕は適当な相槌を打つ。
「その…友人とは、こちらから出向いたり、あちらから遊びに来たりして、たまに会うこともあったのだが…そのたびに思い知らされていた。私が、その友達を愛しているということを」
愛している。
その言葉を言う彼の顔は、もう恥ずかしがっても照れてもなく、いつものように毅然として前を向いていた。
僕にそこまで話したことで、彼の中で何かを消化することができたのかもしれない。
凛とした彼の横顔は、やはり美しかった。
「あのさ」
僕は聞いてみた。
「キミはその…女の子は、好きにならないわけ?」
「………」
彼は少し考え込んだ。
「そうではない、と思う。今までだって女性に対して恋心を抱いたことは幾度もあった」
「ふうん」
「ただ、その友人と出会ってからは、そのようなことがないように思うのだ」
運命の人、という単語が僕の頭の中に浮かんだ。
出逢ってしまったら、自分ではどうしようもなく、ただただ魅かれあってしまう、運命の人。
「そうか…でも…好きだって言ってくれたんだよね? その友達が」
こいつの言っているその運命の人は、当麻のことだと思う。
まだちょっと信じたくはないけれど。
「ああ。おそらく…そうだと思ったのだが…」
「おそらくって、なにさ?」
それでも何食わぬ顔をして(いられていると思う)相談に乗っている自分がちょっと嫌になりながら、それでも話を聞く。
「その友達には彼女がいるというのだ…」
そう言うと、彼はまた目を伏せた。
「…ふうん…」
確かにね。
当麻には彼女がいると思う。
一度に二人いた、という話は聞かないが、とっかえひっかえ、何人もの女の子と付き合っているらしいことは、たまにしか合わなくてもわかる。
「そいつは女の子と付き合ってるのに、キミのこと、好きだっていったわけ…?」
「ああ…。付き合っている彼女がいる、と」
「なんだよそれ。…キミは、どうしたいの?」
「…わからない…」
「…本人に、聞いてみなかったの?」
「…本人は…本人は、それだけ言うと、帰ってしまったのだ」
「なんだよそれ」
僕はまた同じセリフを言ってしまった。
でも、それしか言いようがなかった。
わけがわからない。
「そもそもホームまで人を呼び出して、新幹線から降りてきたと思ったら隣のホームへ早歩きして、そこで話をして、すぐに来た最終の新幹線に乗って帰ってしまうまでが、六分間だ」
「なんだよ、それ!」
また言ってしまった。
しかし、呆れた。
「それから、なんの連絡も…ないの?」
「…ああ」
僕は深いため息をついた。
「で、キミも彼に、連絡はしていないわけ?」
「ああ」
「どうして?」
「…私は…傷つくのが怖いのかもしれないな。これ以上自分が傷つくことがないように、友人の言うことを自分の良いように解釈して、宙ぶらりんのままにしているのかもしれない」
今まで見たこともない悲しげな顔をしていた。
長い付き合いだが、こんなに悩み、傷ついている彼を見るのは、初めてかもしれないと思った。
「それなのに、お前にこんなことを打ち明けて…。私は一体何がしたいのだろうな」
強くて美しくて、普通に女の子と恋愛していれば、なにも悩むことなどないだろうに。
どうしてこの二人は(相手が本当に当麻だとすれば、だけど)わざわざこんなイバラの道へ入っていくのだろう。
あの戦いの傷が、彼らをそうさせるんだろうか。
だとしたら、なんだか気の毒すぎる。
男同士でどうこうしたって、なんの生産性もないのに、と思う。
でも今の僕と彼女の間に、生産性なんてあるのかな。
それからしばらく、話を聞いたり慰めたりしながら酒を飲んだ。
とても美味しい日本酒のはずなのに、ほとんど味がわからなかった。
彼の口から最後まで「当麻」の名前は出てこなかった。
「それって当麻のこと?」
僕がそう一言聞けば、彼は答えてくれたのかもしれない。
彼は、僕がそう聞くのを待っていたのかもしれない。
でも、なんだか最後まで僕は聞けなかった。
彼は実家に泊まっていくように勧めてくれたが、まだ終電が間に合ったので東京に帰ることにした。
とにかく一人で考えたかったし、彼女に会いたかった。
帰ったら、折を見て当麻に会って話を聞こう。
確かめたくないけど、確かめなければいけない気がしていた。
(4)へつづく
次回、最終話です。
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