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【028】お弁当

時にはケンカもします。
春の緑青。

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**********



征士と当麻はケンカをした。
まあよくあることだ。
 
きっかけは実に些細なこと。
もう何であったのか思い出せないくらい。
 
どうでもいいことなのにどちらもゆずらない。
ゆずれない。
ムカムカした気持ちだけがいつまでも胸に居つく。
 
当麻が引きこもっていた書斎から出てリビングへ行くと征士はソファで新聞を広げていて、当麻が傍を通っても一瞥をくれようともしない。
まだ怒っているのだ。
 
そんな征士の態度にまたもムカついて、ついまた一戦、舌戦を交えようかとした当麻だったが、すんでのところで思いとどまった。
そのまま黙って通り抜け、上着を着て財布をポケットに突っ込むと、
 
「買いもん、行ってくる」
 
と征士の顔も見ないで努めて素っ気なく言い捨てて、外へ出た。
 
腹いせのお出かけというわけでもなく、いつもの食材調達。
行きつけのマーケットの店先には、旬の苺が甘い匂いを漂わせている。
春だ。
胸のムカムカがすーっとなくなる。
 
店内に入ると、入園、入学、就職のシーズンだとかで、手作りのお弁当グッズのフェアなんかやっている。
この界隈はお受験をして入るような幼稚園の多いところで、そうやって子育てにジョーネツを注ぐ世のおかーさん方は、子どもの弁当にも並々ならぬ手間暇をかけるらしい。
ありとあらゆる弁当を飾り立てる材料やグッズが並ぶ。
 
高校勤めの征士は毎日弁当持ちで仕事に出かける。
自分で作って持っていくのだ。
朝食のついでにちょっと詰めるような簡単なものだけれど、あの不器用な征士が、男子厨房に入らずだった征士が、よくもそこまで成長したものだと当麻はいつも感心しては、感心してないで手伝えと小言を言われている。

毎日頑張っているよな、征士。
トゲの落ちた気持ちで恋人を思う。
 
しばらくそこにたたずんで春色のお弁当グッズ売場を眺めていた当麻だったが、買い物カゴにいくつかの商品を放り込むと、レジに向かった。
 
***
 
朝、征士が目覚めると、隣のベッドに当麻の姿はない。
こういうときの当麻は大抵徹夜仕事で征士と入れ替わりに床につくことが多いのだが、今朝は違った。
シーツが乱れている。
寝て、起きた形跡があるのだ。
 
「珍しいことがあるものだ」
 
征士はひとりごち、そして昨日はケンカをしていたのだったと思い出す。
さてどうしよう。
昨夜は当麻の作った夕食を黙って食べ、別々に風呂に入った。
思えばその前の晩も、その前の晩も一緒のベッドに寝ていない。
(そのこともおそらく、どうでもいいケンカの要因のひとつだったのだ)
充電が切れそうだ。
そろそろ今夜あたりは肌を合わせたい。
それには今朝あたりから態度をリセットしておいた方がいいだろう。
そんなことを考えて寝室を出る。
 
ダイニングに入ると驚いたことにテーブルには朝食の準備ができていた。
しかもご飯に味噌汁の純和風。
 
「おはよう」
 
エプロンをかけた当麻が笑顔で迎える。
その手には征士の弁当箱。
いつもの包みにきっちり包まれている。
あまりのことに、征士は唖然として突っ立っている。
 
「おはよう、征士。どうしたんだ? 早く食えよ。冷めるぜ?」
 
珍しいこともあるものだ、どういう風の吹きまわしだ? と言いたくなるが、征士は喉まで出かかったそれをぐっと飲み込んだ。
これでまた険悪になっては夜に響く。
 
それよりなにより、当麻の作った朝食が平日に食べられることが嬉しい。
一緒に暮らしはじめて数年。
休日の遅いブランチならともかく、こんなことは滅多にあることではない。
しかも自分がいつも食べたがるトーストとコーヒーという朝食ではなく、征士好みの和食にしてくれたことが嬉しい。
しかも弁当まで!
 
昨日のケンカ、当麻は自分が悪いと思ったのだろうか。
この朝食と弁当は仲直りのための詫びのつもりなのだろうか?
 
色々と聞きたいことはあったが、藪蛇をつついてはコトなので、やはりこれも飲み込むことにした。
 
できたての美味しい朝食を機嫌よく食べ、三日ぶりのいってきますのキスもして、征士はでかけた。
 
***
 
昼。
生徒たちがそれぞれ好き好きにまとまっては弁当を広げる教室の片隅で、征士はいつものように持参の弁当の包みを開く。
 
さて、今日は当麻が作ってくれたのだった。
一体何が入っているのだろうと弁当箱の蓋を持ち上げ、中をちらりと見た瞬間に、すごい勢いでまた蓋を閉める。
 
その動作があまりにも不自然な音をたてたので、近くにいた数名の生徒たちが征士を見る。
 
「センセー、どうしたんですかぁ?」
 
「いや…なんでもない…」
 
その様子があまりにもなんでもなくなさそうなので、俄然生徒は興味を持つ。
その蓋をされてしまった弁当箱に注目が集まる。
 
「弁当、どうかしたの? 先生」
 
「何でもないと言っている」
 
「なになに? 見せてー?」
 
数名の女子が集まってきてしまった。
万事休す。
 
このまましまってしまいたいが、それも不自然だ。
生徒達にはいつも自分で作っていると話している弁当。
 
どうしようもない…。
 
征士は諦めて弁当の蓋をとった。
 
「キャー!」
 
「すっごーい」
 
「やだー、センセー!!」
 
弁当には黄色い炒り卵に縁取られた、桜でんぶの目一杯大きなハート。
そこには海苔で器用に黒々と「征士ゴメン、アイシテル」と書かれていて…。
 
「なんだ先生、やっぱ彼女に作ってもらってんじゃーん!」
 
「うわー、やらしー」
 
「ケンカしたのかよ!」
 
「うるさい! 貴様ら! 席について自分の弁当を食べろ!」
 
そう言う顔はもう真っ赤に火照っていて、普段の厳格さもカタナシだ。
 
ニヤニヤと笑う生徒たちに見られながら、征士はその甘い桃色のご飯を口に運ぶ。
 
これは本当に謝罪なのだろうか。
それとも新手の嫌がらせなのか。
判断のつきかねるまま黙々と弁当を胃の中に片づけながら、征士は「今夜はきっちりこの羞恥プレイのお返しをさせてもらおう」と心に誓うのだった。
 
 
 
おわり
 
**********
 
復讐半分、愛半分と思いますよー(笑)
そして夜もきっと、復讐半分、愛半分だわー。
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