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【026-01】春はすぐそこ

時は現在。

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ここ数日、深夜までの残業続き。
年度末で忙しいことこの上ない。
 
まぁ、家に帰っても誰が待っているワケでもない独り身。
毎年の恒例行事だと思えば諦めもつく。
 
「うーん」
 
俺は立ち上がり伸びをして、デスクの上を片付けはじめる。
出ているものをただ単に端に重ねながら、四十歳を前に疲れが抜けなくなってきたな、などとちょっと情けないことを思ったりする。
 
「…旅行、行きてぇなぁ」
 
ふと口から出た自分の言葉に驚く。
 
へー、旅行なんか行きたかったんだ、俺。
海外出張やおふくろの顔を見になんてことはあっても、自分の楽しみのためだけの旅行なんて何年行ってないだろう。
 
これだけ仕事も頑張っているんだ。
たまにはいいかもしれない。
 
「旅行ですか? いいですね、羽柴さん。一緒に連れて行ってくださいよー」
 
隣でやはり帰り支度をしていた、俺の秘書兼雑用係りの女の子。
どういうつもりなのか知らないけれど、この子は時々こういうことを言う。
 
「ほら、おじさんからかってないで早く帰ろう。駅まで送るよ」
 
「本気なんだけどなぁ」
 
可愛いし悪い子ではないけど、一回り以上歳の離れた自分の部下とどうこうなろうというつもりは更々ない。
なんの気兼ねも縛りもない、独り身万歳なのだ。
オフィスの戸締りをして、外へ出る。
 
「旅行、どこに行くんですか?」
 
「考えてないけど…特にこれといって目的もないしなぁ」
 
「何でもいいじゃないですか。 美味しいもの食べにいくとかー」
 
一人で美味しいものを食べに行ってもなぁと思ったが、口に出すとまた一緒に行こうと言われる気がしたので黙る。
 
「素敵なものを見に行くとか…。そうだ、昔の友達に会いに行くとか!」
 
とてもいいことを思いついたでしょう? という顔でこちらを見る。
ちょうど地下鉄の駅の入り口についた。
 
「ありがとうございました。じゃあ、また明日」
 
「ああ、気をつけて」
 
彼女は途中で二回振り返りながら、階段をおりて行った。
一応見えなくなるまで見送って、自分はその先の私鉄の駅に向かう。
 
終電の時刻も近い。
少し急ぎ足になる。
 
「昔の友達ね…」
 
学生時代や会社関係、趣味の仲間と友達にはこと欠かない俺だが、思いも一入の奴等がいる。
四人の戦友だ。
 
横浜で料理屋をやっている秀には時々会うが、他の三人はとんとご無沙汰だ。
 
元気にしているだろうか。
遼、伸、そして征士。
 
混雑した酒と煙草臭い車内でつり革につかまって、窓に映る自分の顔と、流れて行く街並みを眺める。
 
二十五年も前の、封印したはずの想いが蘇る。
淡い色の桜の花弁のような、そんな想い。
あれは何だったのだろう。
 
征士は仙台で警察官をやっている。
堅物のあいつにはうってつけの仕事だ。
最後に会ったのはいつだったろうか。
仕事の内容に文句はないが、時間が不規則なのが困るとぼやいていたっけ。
 
固い仕事で、家柄も見た目も良くて、まぁ多少じーさんじみたところはあるが女には不自由しないだろうに、なぜかあいつもいつまでも独り身だ。
 
そうだ、仙台へ行こう。
 
まとまった休みがいつとれるだろうかと思案しながら電車を降りた。
 
急に連絡すると驚くかな。
喜んでくれるだろうか。
地元に明るいところで、美味しいものも楽しいところもみんな案内してもらおう。
 
急に子どもみたいにウキウキとした気分になって、俺はマンションへの道を歩いた。
 
小学校の校庭の桜の枝が道に垂れている。
蕾が大きく膨らんでいるのが見える。
暖かな風が吹く。
 
春はすぐそこだ。
 
 
 
 
おわり
 
**********
 
たまには独り身の羽柴さんも。
これから進展するのもいいな!

征士さんサイドの2は こちら
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