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【002-02】しるし (2)

この話はこちらの続きです。

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「…当麻は?」

「ん?」

「その…彼女、とかさ。結婚とか。予定あるの?」

話題をまた当麻に振った。
当麻のことだ。
表参道の彼女と別れてから、またきっと何人かの彼女がいたに違いない。
もしかして、もしかすると当麻には今もちゃんと彼女がいて、ひょっとすると結婚の話なんか出ていて、僕と彼女の結婚のことなんか気にするのかもしれない。
と、思ってみたけど。

「んー、別れたばっかり」

…至って何の感慨もありません、とわざとおでこに書いたような顔と口調で、当麻は答える。

「…いつ?」

「先月?」

「………」

「…ん?」

「…先月ねぇ」

「…先月が何か?」

「…いや、別に」

「そ」

先月。
その先月のことで、僕はキミとこうして飲んでいるんだと思うよ。
僕の勘違いなら、そりゃいいんだけれど。

「…キミ、どのくらい付き合ってたの? その、先月別れた彼女と」

当麻はまたナナメ上を見て、耳の後ろなんか掻いている。
今日の朝ごはん、何食べたっけ、と思い出すような顔で。

「んー、夏からだから、三ヶ月…くらいだなぁ…」

「続かないよね、学生の頃から」

社会人になってからは年に数回会う程度だけど、会うたびにと言っていいくらい当麻の彼女は替わっているらしい。
その彼女たちは、いちいち紹介されるわけでもないし、会ったことがないまま終わることがほとんどだ。
それでも会ったことのある数人を思い起こしてみると、当麻の彼女はみんなとても可愛い。
うらやましい…わけじゃないけど、(僕の彼女だってと~っても可愛いし!)もったいないって言うか…。
何だか腹立たしい。

「…うん」

「もって、半年くらいだろ?」

「そうだなー」

「なんで?」

「…なんでだろうねぇ…あ、伸、俺これ、皮、食ってもいい?」

当麻は焼き鳥の皿に三本残っているうちの一本を指して言った。
鶏の皮だけが刺してある串だ。

「いいよ。僕、そんなに好きじゃないし」

「鶏皮って美味いよなぁ…美味いのに、大抵皿に一本しか入ってないんだよなぁ」

「鶏皮単品で頼めばいいじゃない」

「そういうのも、また違うんだよな~。たくさんの他の肉の中にある、一本の鶏皮が美味しいんだよ」

「わがままだなぁ」

「そう? 俺ってわがままかなぁ…」

「わがままだろー当麻は。いつも、結構」

一番賢くて、一番わがまま。
そしてなぜか一番みんなに可愛がられる、僕らの末の弟。

「そっか…わがままかぁ…で、なんだっけ」

「…ああ、キミはなんで、女の子とすぐに別れちゃうのかなって話」

そう僕が話題を戻すと、当麻は焼き鳥の串をおいて、僕の顔を真面目な顔で見た。

「…なんでかな」

「僕に聞いてるの?」

そこのところは、あまり突っ込んでほしくないのかと思っていたのに、当麻が自分から話を蒸し返したので驚いた。

「…うん」

いくら天才でも自分のこととなると、よくわからないものなのだろうか。

「当麻はモテるだろうからなぁ。言い寄られて、渋々付き合っているんじゃないの?」

「う~ん…言い寄られて…ていうか、まあ、向こうから声をかけてもらうことは多いかもしれないけど、自分から声掛ける時だってあるし…ちゃんと可愛いなぁ、いいなぁって思って始まって…渋々では…ないつもり、だけど」

おかしいよな、と同意を求められる。
知るか。

「どっちから別れようっていうわけ?」

「え?…う~ん…」

「ま、キミもたくさん付き合ってきたんだから、いろんなパターンがあるんだろうけどさ」

ついつい嫌味っぽく言ってしまう。
悪い癖だとわかっているんだけど。

「…そうだなぁ。こう…つきあってると、向こうが別れたいって思ってるんじゃないかなって気がしてきて、別れたいかって聞くと別れたいって言うから、じゃあ別れようかっていう…ほら…」

「いつも?」

「んー、だいたい」

「…なるほどねぇ」

当麻が女の子とうまく付き合えない理由なんて、僕にはどうでもいいはずなのだけれど。

「伸は?」

「え? 僕?」

「彼女、別れたそうな感じとか、する?」

「…全然?」

彼女から別れたいと思っている気配は、今のところない。
たぶん。
一生一緒にいたいと思ってくれているかどうかも、残念ながら感じられないでいるのだけれど。

「…そうか…」

「………」

「………」

当麻は何か考え込み、僕も一緒に黙る。
ジョッキは空いているが、二人とも追加を頼むのを忘れていた。


* ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ *


「…心に決めた本命の人が、実は他にいる、とか?」

このまま二人して黙っていても埒があかない。
思い切って聞いてみた。

「え?」

「え?」

「………」

「だから、ほら、キミが女の子と続かない理由さ」

「ああ、そうか…」

「………」

「伸はさ、今の彼女と別れてもいいって思ってるわけ?」

またこの話か。
でも当麻が僕の…というか、多分当麻本人も含めて、人間の恋愛事情についてこんなに真剣に考えているのは初めて見るので、僕も真面目に答えることにする。

「いや…できれば別れずにいられるといいなぁって思っているけど」

「…好きなんだ」

「そりゃあね。好きじゃなきゃ三年も付き合ってないよ」

「好きなのに、一緒にいないのかよ」

「いたいよ、そりゃ」

「でもさ、彼女が山口に行きたくないって言ったら、別れても仕方ないんだろ?」

「仕方ないっていうかさぁ…。僕は萩に帰るからね。実家の家族だってそう期待してるし。それで彼女がついてきてくれないって言うんなら…」

「…仕方ない?」

「うーん…」

「それは伸の人生にとって、彼女よりも自分の都合の方が大切だってこと?」

「…そんな簡単なものでもないんだけどな…」

「彼女だってそうだろ? …伸よりも仕事を選んでるんだろ?」

「…うーん、まぁ、ある意味そうとも言えるけど…」

「違うのかよ」

「うん…。なんか違う気がする…」

「………」

「………」

「………」

当麻は納得がいかない、といった顔で考え込んでいる。
何が言いたくて、何を考えているんだろう。
僕は、どうしたいんだろう。

「………なんかあったの? 当麻」

「…なんで?」

「これまでいつも当麻は、人の彼女とのことなんて、ほとんど興味なかったじゃないか」

「そうか?…伸があんまり、彼女のこととかしゃべらないからじゃないか?」

「興味なさそうだから、話さないだけだよ。ほら、キミが聞くから、今日はこうして話してるだろ?」

「…そうか」

「…で、なんで急に興味出てきたわけ? もう新しい彼女とか…結婚したい子でも見つかったっていうの?」

「別れたの、先月だぞ…さすがの俺でもなぁ」

当麻が、少し笑う。

「さすがの当麻でも、まだでしたか」

僕も調子を合わせて、少し息を抜く。
二人の間の緊張感が、ちょっと緩んだ。

「…さすがって言うなよ。人を女ったらしみたいに」

「それじゃまるでキミが女ったらしじゃないみたいじゃないか」

「伸に言われたくないなぁ…あんまり変わらないと思うんだけどなぁ、俺たち」

当麻は尚、諦め悪く食い下がる。
なんで僕と横並びになりたがるんだよ。

「例えば俺ら五人が一緒に歩いてるとさ、そこにイイ女が通ったとしてさ」

当麻が指で、目の前の窓から見下ろす大通りを指す。

「うん」

「それ見て今のイイ女だったなぁーって言うのって、俺と伸じゃん?」

と言って、当麻は僕の顔を覗き込む。

「…キミと秀だろ?」

僕は、その眼を見ないで一蹴する。

「あれ、伸、言わない?」

「言わないよ。彼女いるし」

「取りつく島もないなぁ」

「僕は、浮気はしないからね」

わざと『僕は』に力を入れてみた。


「…あれイイ女だなぁって思うのは、浮気だと思うか?」

話題が若干ずれて、当麻はまた少し真顔になる。

「うーん、思うのはねぇ、まぁ、思っちゃうんだろうけどねぇ」

少しだけ譲歩してやる。

「…思っちゃう?」

「…まぁ、別、なのかなぁ…。浮気とは」

ただし、彼女には気づかれないように、あくまでもチラッと『思うだけ』だよ、と釘を刺す。

「そうか…」

「言われたことあるの? 彼女に。浮気だって」

「…いいや。さすがの俺だってさあ、彼女と一緒にいる時に、口に出しては言わないよ。ただ…」

「…ただ?」

「ただ、自分の中でさ。好きな人がいるのに、他の女見て可愛いなぁとか、イイ女だなぁって思うのは、なんていうか…自分の問題として、さ…」

「…ダメだと思うわけ?」

「ダメっていうか…何が本気なんだか、自分がよくわからなくなる…っていうのかなぁ…」

少しずつ近づいてきている。


* ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ * ※ *


「ふうん」

僕はわざと平静を装って、気の抜けた返事をした。
当麻は反対に、僕のほうに体を向けて、顔を覗き込んでくる。

「あのさぁ、伸」

「なに?」

「今の彼女が山口に行ってくれなかったら、別れて一人で帰るんだろう?」

またまたその話か。
やけにそこに引っかかるんだな。

「うーん、だから、そうはなりたくないとは思ってるよ?」

「…それで、一人で帰って、向こうでどうするんだよ」

「どうするって…どうしようもないだろ? しばらくして、失恋から立ち直れば、また新しい出会いがあるよ。きっと」

僕は半ばやけくそ気味に答えた。

「…それでいいのかよ」

「………は?」

「お前の、彼女への思いは、そんなものか?」

「………当麻…もう酔ってるの?」

「…そうでもない」

ふっとまた、当麻が力を抜く。

「…ように、僕にも見えるんだけどさ、変だよ、今日は」

「なんでだよ」

「だってさぁ、次々に女の子取っ替えてんの、当麻の方だろう? なんで三年も同じ彼女を大事にしてる僕が、キミに責められなくちゃならないんだよ」

「責めてる?」

「うん」

「俺が?」

「他に誰がいるんだよー」

「責めてるつもりはないよ…ゴメン」

当麻はカウンターに向き直った。

「………」

「…伸さぁ」

「ん?」

「…三年も一緒にいるほど好きなのに…そんなに簡単に諦められるもの?」

「…だからぁ、簡単じゃぁないってば」

「どうしても、どんなことをしても、一緒にいたいって思わないのか?」

「思うよ。思うけど、思ったってどうしようもないことだってあるだろう?」

「………」

「…じゃあ、キミに聞くけどね、当麻。キミはそんな風に、何がなんでも一緒にいたいって思った相手がいるの?」

「………」

「………」

「………」

当麻は押し黙り、空になったジョッキをじっと見つめている。
僕は切り込んでいくことに、決めた。

「やっぱりさぁ、当麻」

「んー?」

「キミの中には、本命の人がいるんだ」

「………」

「だけど、なんでかはわからないけど、その人に気持ちを残したまま、他の女の子と付き合ってるんじゃない?」

「………」

「女の子はなんとなく気づくんだよ、きっと。その…付き合いだして、しばらくすると、さ」

「………」

「…なんで本命さんと、ちゃんと向き合わないの?」

「………」

「 なんか理由あるの?」

「………あるよ」

当麻がようやく答える。

「大ありなんだよ」

「…ぶつかって、みたの?」

「…ああ」

相変わらず当麻の視線は空のジョッキを見つめている。

「…いつ?」

「…先月」

そうでなければいいと、半ば真剣に願っている結論へ、段々と焦点が合ってくる。

「三ヶ月付き合ってた彼女と別れて?」

「いや………」

「え?」

「別れる前に……」

「なんだよ、それ。二股かけようと思ってたわけ?」

「………自分の…その、覚悟がさ、よくわからないんだ」

「…覚悟?」

「…だからその、本命…かもしれないそいつと、本当にずっと一緒に人生を送っていく覚悟っていうか…なんていうのかなぁ」

当麻は右手でくしゃくしゃと頭をかきながら続ける。

「別れた彼女だって、別に嫌いになったわけじゃないんだ。笑うと可愛いなぁって思ってたし、柔らかいし、ほっとするし、気持ちいいし」

「うん」

「でも、その…その本命かもしれないってそいつはなんだか、そんなこと飛び越えて、俺にとってなんだかいつも特別で…」

「…うん」

「だけど、俺は女の子、好きだし」

「うん」

「考えても考えても、よくわからないんだ」

当麻はそこで息を吐くと、カウンターの上に両の拳をのせた。






(3)へつづく
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