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【020】花緑青

花緑青(はなろくしょう)…緑青(ろくしょう)の色の和名
 
緑青…銅が酸化してできる青緑色の錆。

征当です。

拍手

 
 
 
 
***********
 
「この色…綺麗だと思わないか? 当麻」
 
もう暖かいからと征士が開け放した窓から入る風は、まだ少し冷たい。
でもその肌触りには真冬にはなかった潤いが感じられて、当麻も文句を言わずに風を感じている。
 
柳生邸の二人の部屋にある古めかしいサイドボードの引き出しの底から、ふと征士が見つけた一枚の十円玉。
当麻は自分のベッドに転がって雑誌を見ている。
 
「なんだ?」
 
つまらなそうにめくっていた雑誌を傍らに捨てるように置いて、当麻が起き上がる。
 
「ほら、これだ。十円玉がこのように…」
 
征士がこわれもののように摘まんだ十円玉を、当麻の目の前に持っていく。
それを当麻はひょいと無造作にとって、表裏を返して見る。
 
「ああ、酸化したんだな」
 
ほい、と隣に腰掛けた征士の手のひらに返す。
 
「さんか…?」
 
「酸素と結びつく、酸化。要するにサビだ、サビ」
 
「これがサビか。サビとは赤茶けたものだとばかり思っていたが」
 
征士は手のひらにのせた十円玉を返す返すしながら不思議そうに眺める。
当麻は横からそれをもう一度覗き込んでいる。
 
「鉄のサビなら赤茶や黒だが、銅はこの色だし、アルミなんかは白くサビるな」
 
「ほう」
 
真面目な征士は真剣に聞いてくれるので、当麻はつい、いい気持ちになる。
 
「そ。十円玉は銅でできてる。厳密には錫との合金だがな。その銅が空気や水、塩分と反応してサビを生成するんだ。元素記号で言うと…」
 
「ありがとう、当麻。そこまでで充分だ」
 
この聡明すぎるルームメイトは、このまま放っておくとあと小一時間は金属の酸化について解説し続けるに違いない。
さすがの征士も、そんなには聞いていられないと、当麻の話をそっと制する。
 
あっそ? と当麻は気を悪くする様子もない。
 
「ロクショウ、と言うんだよな。確か」
 
一言だけ、付け加えた。
 
「ロクショウ…ああ、緑と青と書くやつだな」
 
難読漢字で見たことがある、と征士は両の口角を少し上げる。
 
「緑と青か。…俺たちみたいだな」
 
当麻がぽそり、とつぶやく。
 
俺たち、と。
言ってしまってから、征士と自分とをひとくくりにそう言ったことがなんとも面はゆい気持ちになって、頬がわずかに染まったような気がしてしまう。
 
そんな自分の状態の変化が更に恥ずかしくて、すぐ隣に腰掛ける征士の体温まで急に気になりだす。
 
「ああ、本当だ。緑と青の二文字を並べると、このような美しい色になるのだな」
 
そんな当麻の胸の内を知ってか知らずか、征士はもう一度十円玉を摘まむと、窓から射し込む光にあてて、そのエメラルドとミルクを混ぜて飴にしたような何とも言えない優しく美しい色彩を楽しむ。
 
光とともに、春のはじめのやわらかな風がそうっと吹き込む。
 
階下から昼食の準備ができたと知らせる声。
 
「はーい!」
 
当麻は大きな声で返事をして立ち上がり、足早に階段を降りて行く。
 
征士はもう一度その十円玉を手のひらにのせると、
 
「俺たち、か」
 
とつぶやいて、そっと握った。
 
 
 
 
おわり
 
***********
 
緑青(ろくしょう)でひとつ書きたいなーと。
言葉の響きも素敵だと思うのです。
色も好きなんですよね。
エメラルドグリーンっていうか、鎌倉の大仏色っていうか。
そしてやっぱり征当って素敵だなと思うわけですよ(笑)。
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