たいいくのひ
since November 22th 2012
【019】ちゃんと伝えて
お口直しにベタな甘々を(笑)。
そんな征士だから、そんなことを思い人にも言っているのかもしれない。
ちょっと鈍いタイプなのかもな、そいつ。
友達としての言葉だとしか思われていないんだろう。
**********
「…こんなに気づいてもらえないというのは、やはり相手にまったくその気がないからだと思うのだ」
駅の近くの安い居酒屋。
征士の恋の悩みを聞かされている、俺。
他人に恋愛相談を持ちかけるようなタイプだったとは知らなかった。
だけど相談なら伸とか秀とかにしてもらいたかった。
どうして俺が、征士の好きな人の話を聞かなくちゃならないんだ。
しかも、本人から。
しかも、本人から。
一体なんの罰ゲームなのか。
はっきり言って、かなり凹む。
学生になって、俺たちは柳生邸での共同生活を卒業し、それぞれ実家に帰ったり、一人暮らしを始めたりした。
一番実家に帰ってしまうんじゃないかと思っていた征士が、都内の大学に進学したのは驚きだった。
俺は征士のことが好きだ。
もう、ずっと。
この思いは誰にも気づかれていない。
ずっとずっと、ひた隠しに隠してきた。
この思いは誰にも気づかれていない。
ずっとずっと、ひた隠しに隠してきた。
同じ部屋で一緒に暮らした三年間、よく本人にも周りにも気づかれずに済んだと、自分で自分を褒めてやりたいくらいだ。
横浜にいる秀が声をかけてくれて三人で会ったことは幾度かあったのだが、征士から一緒に飲もうと誘われたのは今日が初めてだった。
しかも二人で、だ。
喜んで尻尾振って出かけて行ったら、好きな人がいるのだと言う。
相当入れあげているらしく、どんなに伝えても気づいてもらえないのだと言いながら、いつになく征士の酒のピッチは上がっていった。
しかし、どんな女なんだろう。
征士ははっきり言って女にモテる。
相当、モテる。
それなのに、この征士にこれだけ惚れさせるヤツがなびかないなんて。
世の中うまくいかないもんだ。
「どんな人?」
聞きたくないけど、興味もあって。
「どんな、か…」
「可愛いのか?」
「…そうだな。可愛い…かもしれん。笑うと愛嬌があるな」
美人、というわけではないらしい。
自分が美人だと、相手は美人じゃなくてもいいのか。
自分が美人だと、相手は美人じゃなくてもいいのか。
「ふーん。そこがいいワケ?」
「いいところか。一番は…一緒にいるとほっとするところだな」
「そんなに一緒にいるのか」
「いや、最近はそうでもないのだが。会えないと会いたくて仕方なくなる」
紫色の征士の瞳が心なしか潤んで。
きっと頭に思い浮かべている誰かを見つめているんだ。
紫色の征士の瞳が心なしか潤んで。
きっと頭に思い浮かべている誰かを見つめているんだ。
「そういうこと、ここで言わないで、本人に言えばいいだろ?」
「…言ってるつもりだが」
征士はため息をつく。
「そういやお前さ、前に俺にも言ってたな。一緒にいると安心するとか、一番話しやすいとか。…会いたかったとかさ」
「…そうだったか」
「そうだよ。こないだ秀んちで飲んだ時だって」
そうだ。
こいつは口数の少ないわりには、友達相手に臆面もなく平気でそんなことを言う。
友達として好かれているなというのはわかる。
悪い気は、もちろんしない。
友達として好かれているなというのはわかる。
悪い気は、もちろんしない。
そんな征士だから、そんなことを思い人にも言っているのかもしれない。
ちょっと鈍いタイプなのかもな、そいつ。
友達としての言葉だとしか思われていないんだろう。
「遠回しに言いすぎなんじゃないのか? 好きだ、とか、愛してる、とか、ちゃんと言わないとわからないもんだぜ?」
言ってて段々と虚しくなってくる。
やけくそって、こういうことを言うのかも。
こんな相談受けてヤキモキするくらいなら、早いとこその女とどうにかなっちゃって欲しいとすら思えてくる。
そもそも男である俺が征士とどうこうなれるとは、みじんも考えちゃいないし。
そもそも男である俺が征士とどうこうなれるとは、みじんも考えちゃいないし。
「抱きしめちゃうとか、キスしちまうとかさ、お前なら許されるんじゃないの? 男前なんだからさ」
赤い顔をした征士は、返事の代わりに安い焼酎をあおった。
酔いつぶれた征士なんて初めて見た。
仕方がないので、征士のアパートまで連れて行く。
初めて入る、征士の部屋。
実は何度か来たことはあるのだ。
会いたくてたまらずに、他愛ない会話の中で聞き集めた情報を元に、ここまでやってきて。
こいつの自転車があることと、部屋の明かりが消えていることを確かめて。
ああ、あそこにいるんだな。
相変わらず早寝な奴め、と。
それだけで、また自分のアパートに帰った。
それくらい、俺は征士のことが好きなんだ。
おかげで、この恋する酔っ払いをアパートまで連れてくることができた。
部屋の中にかつぎ込み、ベッドに転がす。
明かりがついていなくても、窓から入る街灯のそれでぼうっと明るい。
少し苦しそうなので、シャツのボタンを上から二つ、はずしてやる。
征士は気がついて目を開ける。
俺の方をじっと見る。
「帰るのか」
と言うから
「帰る」
と言うと、
「帰るな」
と言う。
「いや、もう帰るよ」
俺が立ち去ろうとすると、今度は俺の手首をぎゅっと掴んだ。
「帰らないでくれ」
愛しい人に語りかけるような切ない表情。
そんな顔、俺に見せるなよ。
「好きなんだ」
征士はそう言って、俺の手首をぐいっと自分の方へ引き寄せた。
誰かさんと間違えてやがる。
征士が気持ちを伝えたい、俺が見たこともない誰かと。
そこまで前後不覚になっているとは思わなかった。
「人違いだ、征士」
そう言い終わらないうちに、もう一度強い力で引っ張られる。
俺は引かれるままに、征士の胸の上に抱きしめられてしまった。
そのまま反転して、組み敷かれる。
顔が近いが、逆光で表情はわからない。
顔にかかる薄い色の髪がサラサラと光っているのだけが見える。
「おい、俺だ! 征士! 当麻だぞ! 当麻!」
こんなところで自分の名前を叫ぶ間抜けさに情けなくなる。
近所迷惑にならない程度には、鋭い声を出したつもりだった。
しかし征士はそのまま顔を近づけてくる。
「待て! おい! 征士! やめろって!」
両手をしっかりと抑え込まれている。
わけがわからなくなるくらい酔ってやがるくせに、すごい力だ。
リミッターが外れたってやつなのか。
悔しいくらい、抵抗ができない。
征士の唇が、俺の唇に、重なる。
力が、抜ける…。
征士はそのまま、何度も何度も俺に口づける。
情熱的な、キス。
征士って、こんなキスをするんだ。
これは俺じゃない誰かとの、キス。
頭の芯が痺れるようになりながら、脳の左の後ろの方になんとも言い難い、怒りたいような泣きたいような感情が同時にあるのがわかる。
やっとキスがやむと、征士はすっかり抵抗を忘れた俺のシャツのボタンを外し出す。
おいおい、ずいぶんと手が早いんだな。
こいつはどこまでやるつもりだろう。
どこで気がつくのだろう。
深くため息をつきながら、おれは少し成り行きを見守ってやることにした。
望んでされているんじゃ、ない。
仕方がないんだ。
お互い、酔ってるんだから。
シャツをはだけさせ、自分のそれも脱ぐと、征士は俺の上にのしかかり、抱きしめながらもう一度キスをする。
征士の体温。
征士の重み。
妙に熱いのは、酒のせいか、それとも好きな女を抱く興奮や緊張からなのか。
気づけよ、抱いた感じが女じゃねぇだろ、どう考えたって。
これ、気づいたらどうするんだろう。
俺、怒られるのかな。
征士は傷つくのかな。
傷つくよな。
俺だって傷ついてるけど。
「好きだ…愛してる」
征士は唇を離して、またつぶやくように俺に言う。
俺だって、お前が好きだ。
お前は気づかねぇけどな。
気づいて欲しいわけじゃないけど。
気づいて欲しいわけじゃないけど。
お前が好きな女だって大概だけど、お前の鈍さだって大概だ。
「好きなんだ、…当麻」
もういいよ、わかったって!
………?
「好きだ…当麻」
「………はぁ?」
俺は世にも素っ頓狂な声を出してしまった。
なんだって?
「これで…伝わったか? こうすれば伝わると、お前が言ったのだぞ」
「ちょ、ちょっと待って! おい! 今お前、なんつった?」
聞こえてはくるんだが、意味がよくわからない。
「抱きしめて、キスをして、好きだと言えば伝わると貴様が言ったのだ。どうだ、伝わったか」
「…………」
また落とされる、キス。
「どうだ?」
え?
何?
…そういう…コト?
え?
何?
…そういう…コト?
「伝わり…マシタ」
征士の重みが、また俺にかかってくる。
抵抗しないことが、俺の返事になっているのかな。
でもやっぱり、ちゃんと伝えておこう。
「俺も好きだ、征士」
おわり
**********
もうはじめっから仕掛けがバレバレなので、さらっとね!
twitterで、女の子とベッドに入ったはずなのに、朝起きたら裸の当麻と一緒だった征士さんって話が盛り上がっていまして。
そんなお話にしようと思ったけど、ちょっとズレましたね。
あーもう、こういうベタなの大好きですー。
2013/06/17 ちょっと修正。
2013/06/17 ちょっと修正。
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